法的拘束力ゼロだから
「長谷川さんって、1年の時にサークルで合宿に使わせてもらった諏訪神社の藤山さんと親しくしてたでしょ?
彼女の実家の伝手か何かで、祖父の霊を鎮めるような鎮魂祭チックな何かをやってもらえないか頼みたいんだけど、連絡先を教えて貰えないかしら?」
席についてメニューを開きながら白木さんが続けた。
なんだ、退魔協会との繋がりを知っていての言動じゃないのか。
と言うか。
「鎮魂祭って天皇の魂を鎮めて長寿を祈る行事だよ?
文字的には亡くなった人の魂を鎮めるのに役に立ちそうなイメージなのは分かるけどさ」
思わず白木さんの言葉に突っ込みを入れる。
まあ、私も似たような勘違いをして、碧に突っ込まれた身なので偉そうな事は言えないけど。
「え、そうなの??
うちってキリスト教寄りなほぼ無宗教派だから、宗教的な行事には詳しく無いのよねぇ。
一番熱心だった祖父もボケちゃってからは教会にも行っていなかったから、お葬式は無宗教的な家族葬で済ませちゃったし、今更祖父の霊が夢枕に立つって祖母に言われても、どこに相談したら祖母が納得してくれるか分からなくて。
まだ大学の友人の実家の神社の伝手って形にする方が、知らない牧師やお坊さんに連絡して変な壺を買うような羽目になるより安心でしょう?」
白木さんが苦笑しながら言った。
「確かに、普段無宗教な人が大切な家族を亡くした後にうっかり変に『霊と話せます』的な相手に助けられたと誤認したら、のめり込みそうで怖いよねぇ」
長い間一緒にいた配偶者を亡くした後じゃあ精神的に弱っているだろうし、『夢枕に立たれる』なんて現象が起きて霊は実在したのか?!って話になったら霊を宥めるためとか何とか言われてどんどん金を毟り取られるような事になりかねない。
と言うか、基本的に人って霊の存在を漠然とは信じていると思うんだけどね。ただ、お金を出してその存在を慰めたりする必要があるほど能動的で確固たる存在だとは感じていないんじゃないかな?
霊と話せるし何だったら使役出来る私から言わせてもらうと、霊のためにお金を使ってもほぼ意味はないから、壺やなんかを買えと言って来る連中は詐欺師だと思うべきなんだけどね〜。
「あ、先にケーキを頼んじゃおう」
白木さんがメニューを指しながら言った。
と言う事で彼女はモンブランとコーヒー、私はチョコムースタルトと紅茶を頼んだ。
「ちなみにさ、デリケートな話だから詳細は言わなくて良いんだけど、そのお祖父様は遺言書は残したの?」
お茶を待つ間に注がれた水を少し飲んで、白木さんに尋ねる。
暑い外を歩いたらまずは汗で失われた水分を補給しなくちゃね。
「遺言書は無いのよ〜。
元気な頃はまだまだ先だと思っていたから書いてなくて、認知症初期は自分が不治の病に掛かったって事を認めるのにちょっと意固地になっちゃってエンディングノートですら殆ど書いてくれなかったらしいの。更に症状が悪化したらもう遺言書を書いたところで実効性があるのか、かなり怪しくなっちゃったから祖母も無理に書くように言わなかった様だし」
溜め息を吐きながら白木さんが言った。
うわぁ。
相続が争族になりそうな危険あり?
面倒だなぁ。
遺言書がしっかりあるなら、そのお祖母さんだけがいる場面でお祖父さんの霊を呼び出して何が心残りなのか、もしくはお祖母さんの気のせいなのかをはっきりさせる事も可能だけど、遺言書が無いとなるとねぇ。
お金の分け方に関して何か心残りがある場合、相続人も一緒にいないと更に後で揉めそう。
ここで私は退魔師だと言うかどうか、微妙なところだな。
まあ、考えてみたら白木さんだって相続に関して利害関係者なのだ。
彼女の友人が故人を呼び出して相続のことを話し合うのはどうせ駄目だよね。
よし、これは退魔協会に依頼させよう。
ウエイトレスの女性がオーダーしたスイーツと飲み物を持って来てくれたので、彼女が離れるのを待ってから白木さんに退魔協会のことを話す。
「実はさ、悪霊とか呪いって本当に存在するんだって。
西洋文化に憧れた明治維新の革新勢力とか、キリスト教を広めたいGQが退魔師は胡散臭いってイメージを広めたけど、実は国が正規な組織として認証している退魔師の業界団体として退魔協会と言うのが実際に存在するんだって」
紅茶にミルクを注ぎながら告げる。流石お洒落な喫茶店、ちゃんと温められている。今は暑いから冷たい牛乳で良かったんだけどね。
「マジ?!」
白木さんが半信半疑っぽく聞き返した。
「碧の実家って古い歴史がある神社じゃない?
だから京都の旧家とかが関わる事も多い退魔協会ともそれなりにやりとりがあるんだって。
2年前ぐらいに京都の旧家の先輩が退魔師になるって弟子入り費用のカンパを募ってたじゃん。
あれの大元だね」
そう言えば、あの先輩はどうなったんだっけ?
粘着されたら面倒だと名前すら口にしないようにしていたから、いつの間にか存在すら忘れてた。
「じゃあ、藤山さん経由でその退魔協会に頼めば、祖父の霊を呼び出して宥めて貰うなり、祖母の夢見を良くするなりが可能なの?」
白木さんが聞いてきた。
「多分?
ただ、遺言書が無いんでしょ?
霊の発言って法的な拘束力はないから、故人の霊を呼び出した際に遺産の分割をこうしなさいって指示されたとしても、それを履行させる力は誰にもないの。
だから単に今までありがとうね、上で待っているよ程度なら良いけど、実際に遺産分割に関して何か心残りがある場合だった場合。
相続人を全員立ち合わせて、故人の遺志だと言う事に皆が納得するようにした方が良いかも?」
お祖母さん一人で霊と話し、結果として『お祖父さんの霊がそう言ったのよ!』と突然遺産分割に関して何かを強硬に主張したら、下手をしたら頭がおかしいって思われかねないからね。