現場に向かいます
日曜日をのんびり藤山家で過ごし、美帆さんちの霊泉をたっぷり堪能した私たちは月曜日の朝に帰路へついた。
「源之助も美帆ちゃんのところの温泉に入れたら、諏訪に行く楽しみが増えると思うんだけどねぇ」
ハーネスとリードを装着させられた上で車に連れ込まれたせいで、ちょっと不機嫌そうな源之助にちょいちょいとオモチャを振ってご機嫌を取りながら碧が言った。
諏訪からのドライブは羽根付き蜥蜴クンが居たサービスエリアまで私が運転し、そこから都内までは碧が運転することにしたので、今朝は私が運転席に座り、碧が源之助と一緒に後部にいる。
都内での運転をいつも碧に任せているのではいつまで経っても私の運転の腕が上達しないだろうとは思うけど、源之助が居るのに事故を起こしたりしたら困るからね。
いつか退魔協会の依頼で都心からレンタカーする事があったら、都内での運転の練習をしよう。レンタカーは現地近くまで電車で行ってからする事が多いので、いつになるかは不明だが。
「猫に温泉の楽しみを教えるのは無理じゃない?
第一、やっぱ抜け毛が大変な事になりそうだから、人様のお風呂でペットを入浴させるのはダメじゃない?」
猿や鹿だって天然の温泉に入るのだ。
状況次第では動物だって風呂を楽しむことはあり得るんだろうけど、やはり猫はちょっと怪しい気がする。
「抜け毛はねぇ。
美帆ちゃんは気にしないかもだけど、あそこを使う旦那や旦那の会社の人とかは流石に嫌がるかなぁ」
碧が言った。
いや、美帆さんだって風呂に猫の毛が浮いていたり、排水口が毛で詰まるのは嫌がるんじゃない?
それはさておき。
「バカ暑い時に水のプールに入らせるとか、凍えそうな程に寒い時に温かいお湯に入れるのとかすれば喜ぶかもだけど、そもそも源之助をそこまで寒かったり暑かったりな環境に晒す気はないでしょう?」
それこそ犬だったら散歩に行く際に寒かったり暑かったりな外に出歩くから、帰ってきた後にどさくさ紛れに適温な水かお湯を入れた桶か子供用プールで水に慣らさせて徐々にお風呂を好きになるよう誘導すると言う手もあるかもだが、猫はねぇ。
常にエアコンが効いた快適な家の中で過ごしているから、そんな過酷な思いをする機会がないでしょう。
第一、寒い思いをしてもお風呂よりは炬燵に入りたがるだろうし。
そもそも寒かったら外に出るのを拒否するだろうし。
「だねぇ。
しょうがない。源之助が霊泉の楽しみを経験できないのは大いなる損失だけど、無理強いするべきじゃあないもんね」
溜め息を吐きながら碧が言った。
猫とか犬ってお風呂であまり洗い過ぎると肌の脂分がとれちゃってよくない気もするしね。
碧がいれば乾燥肌も怖くないが。
そんな事を駄弁っている間に、問題のサービスエリアに辿り着いた。一度高速を降りて、引き返す形になったから高速料金がちょっと無駄になったがしょうがない。
取り敢えず前回車を停めた辺りに駐車し、エンジンとクーラーをつけたまま降りて扉を閉める。
レンタカー屋で鍵を二つ渡されたので、一つを車の中に残して一つを碧が持ち、鍵を閉めたので多分これで暫くは大丈夫……だよね?
アイドリングストップは遠慮してくれって施設の人からクレームが入るかもだが。一応車が見える範囲にどちらか一人は残る予定なので、人が近付いてきたら車に戻るし。
「さて。
茂みの裏に回るルートがあるかな?
クルミ、ちょっと探してみてくれる?」
『了解〜』
ご機嫌にプルプル動いたピンバッジ型のクルミを、羽根付き蜥蜴がいた茂みの上の方へ放り投げる。
クルミは自力でも飛べるけど、私が投げる方が早いし魔力の節約になるんだよね。
うっかり暴投しなければ。
幸い、クルミは狙った方向の上の方へ飛んでいったので、動きが止まったあたりで視界共有で下を覗き込む。
茂みの裏は特に目立って荒れた様子はない。
ついでに私たちが立っている駐車スペースからあっさり入れるルートもない感じだね。
まあ、サービスエリアなんて子連れも来るのだ。うっかり隠れん坊なんぞされて子供が行方不明になったら大騒ぎになるかもだから、人目から隠れちゃう様なところへは簡単には辿り着けないようにしておかないと危険だよね。
クルミの視野を動かしていくと、茂みから2メートルぐらい後ろに何かが地面を引き摺られたか這って動いたらしき跡が見える。
これが羽根付き蜥蜴クンの動いたルートかな?
地面の跡を追って戻っていくと、ちょっとした細い脇道みたいなところに出たと思ったら、その奥の方の塀があり……そこに穴が空いていた。
おや?
ここが羽根付き蜥蜴くんが、スピードを出していてうっかり突っ込んだ境界門から飛び出てきた辺りなのかな?
極端に長距離をこちらに出てから滑った(?)とは思えないから、ここのそばに境界門と蜥蜴君の皮とかの残骸がありそうなものだが。
「お、迂回ルート発見」
クルミに動いてもらって脇道沿いに左へ進んで貰ったところさらに何本かの道があるところに出たので、私らの方へ戻ってくるルートを進んで貰った。
「お。
あれ、クルミじゃない?」
左側をじっとみていた碧が言った。
おお?
確かに。
これで私らも現場近くに行けそうだ。