中へ招かれちゃったよ〜
「依頼人の記憶を読んだって言うのは不味いと思うけど、ただ単に家の外を歩いていて呪詛に気付いたからインターホンを鳴らしましたって言うのは怪しすぎると思わない?」
依頼人の記憶にあった加害者兼被害者の水上麗奈の住んでいる家(こちらも豪邸な実家っぽい)に向かいながら碧にどうやって声を掛けるか相談した。
ちなみに依頼人(北村亜里沙)の住んでいた豪邸も実家のようだが、家族は見掛けなかった。
それなりな大会社の共同創業者らしいから、仕事で忙しいのかな?
水上麗奈は親達が創業した会社の新規事業を何やら任せられて頑張っているらしいが、依頼人は有閑マダム(まだシングルだけど)っぽいレジャーと買い物とパーティで満ちた毎日を過ごしているだけみたい。
あくせく働くつもりは無いのに、今度水上麗奈と結婚する杵橋琉とか言う二人の共通の幼馴染が『バリバリ働く麗奈が好き』と言っている事にムカついているようだった。
杵橋琉が好き……と言うよりも、自分に相応しい珍しくレベルの高い男なのに、自分の愛を乞い願うのでなく水上麗奈に惚れた事が許しがたい侮辱だと感じている、よく分からない傲慢さだった。
もっとも、恋愛感情の話が出てくる前から、依頼人的には水上麗奈は敵対的存在だったようだけど。一歳年下で何かと比べられつつも『仲良くしてあげてね』と言われてきた水上麗奈の事は昔から気に食わず、小学生の低学年の頃から一緒に遊んで『あげている』フリをしつつ何かと意地悪をしていた記憶が山ほどあった。
「一応、明日の婚約式の相手の名前は雑談で聞き出せたから、どうもその時の会話から、依頼人が水上さんを呪っている可能性があるかもと思って善意から確認に来たって言うんでいいんじゃない?」
碧が応じた。
「お、話題に出てきてたんだ。じゃあそうしよう。ちなみに、呪詛の痣って碧がどうにかしたら消せる?
期間限定の呪詛だったから一応近いうちに消えるはずだけど、婚約式には間に合わないと思う」
もっとも、婚約パーティで水上麗奈から呪詛返しの痣が消えていたら、退魔協会にクレームが来そうだけどね。嫌がらせのための執念は中々凄かったから、巻き込まれるのは遠慮したい。
とは言え依頼人の顔の痣は消えているんだから、ちゃんと依頼は果たしているんだけどね。だが、転嫁の回避に失敗しただろうと怒鳴り込まれそうな気もする。
何と言っても水上麗奈の婚約パーティを台無しにするためにかなりの執念と時間とお金をかけて嫌がらせをそれとなく繰り返して追い詰めてきたのだ。
最後の詰めで失敗したとなったらブチ切れそう。
「呪詛だからねぇ。
短期的には消せても、すぐにまた出てくると思うからパーティの間中ずっと消しとくのは無理だと思うな。
ちなみに、期間限定な呪詛って返されるとどうなるの?」
碧が聞いてきた。
「サイズが倍になるか期間が倍になるかがランダムなのか、何かルールがあるのかは知らない。
しっかし考えれば考えるほど、期間限定な痣なんてしょぼい呪詛を掛けるなんて、不思議〜」
婚約パーティに来られたら台無しにされると思い込ませるような言動をわざと繰り返して、呪詛を使うしか無いと思うところまで依頼人が意図的に追い詰めたようだが、来て欲しく無い人なら呼ばなきゃいいのに。
呪うぐらい関係は破綻しているなら、諦めて関係を切るのも重要だよ?
まあ、親達が今でも同じ会社で一緒に活動していて、自分もそこで働いている企業の共同創業者の娘となると関係を完全に拗らせる訳にはいかないのだろうが。
とは言え呪詛に追い込まれるぐらいだったら、まだ若いんだから別の会社でやり直す方が良く無い?
会社の資金とか特許とか伝手とかで、どうしても妥協できない点もあるんかもだけど。
水上家も都心の高級住宅地にあったので、電車を乗り換えを含めても二十分程度で最寄駅に着いていた。
で、依頼人の記憶から読み取った住所に進む。
基本的に車で行っているらしくて駅からのルートの記憶が朧げだったが、五分程度歩いたところで呪詛のリンクがぼんやりと見える豪邸の前に来れた。
「さて。
話を聞いてもらえるかな?」
インターホンを押す。
門前払いを喰らったら諦めよう。
親切に押し売りは無理にしなくても良いだろう。
と言うか、考えてみたら押し売りだから退魔協会経由の依頼の形には出来ないよね。
「しまった。
これって料金は幾ら掛かりますって言うべきかな?」
インターホンの返事を待つ間に、碧に小さな声で尋ねる。
「今さっきの依頼と同じで良いんじゃ無い?
納得しなかったら幾らなら出すつもりがあるのか聞いて、相場から大幅に離れていたら物別れって事で話を打ち切ればいいでしょ。
このサイズの豪邸に住んでいるなら、どう考えても退魔師とのやりとりが無いとは思えないからね」
碧が指摘する。
金持ちだったら呪われたり、怨まれたりする可能性が高いなんてなんか切ないねぇ。
事実ではあると思うが。
「はい?」
若い女性の声がインターホンから聞こえてきた。
「退魔協会に所属する長谷川凛と申します。
こちらの家にいらっしゃる方が呪われているらしき痕跡が外から見えたのでお声をお掛けしましたが、中でお話しできますか?」
我ながら、めっちゃ怪しい詐欺師っぽいセリフだ。
「……そうですね、どうぞ」
あっさり返事が来て、門の鍵がリモートで開く音がした。
マジ?? 変な人間を中に招き入れちゃダメだよ??