押し売りに行かなきゃ駄目か。
『この依頼人、どうも期間限定なこの痣の呪いを掛けた相手に呪詛を掛けてるっぽいんだけど、ここからそれを依頼人に返すのって可能?』
念話で碧に尋ねる。
呪詛を掛けた人間側からそれを本人へ返すなんてやった事がないので、この場で気付かれずにささっとやるのは私には無理だ。
普通なら掛けた方から自分に対して返すなんてしないでも、本人が解呪する意思を込めて呪詛を棄却すればいいだけなのだ。
当然、自分の代わりにそれを自分へ返してくれなんて依頼をする人間は前世でも居なかったし。
だが呪詛特効がある碧なら、触れたら返せないかな?
これも転嫁が付いているが、掛けた本人とのリンクしかこの場にはないから、碧の魔力で繋がりを焼き切っても本人にしか戻らないんじゃないかと思う。
『え、マジ?!
この穢れ塗れなのって依頼人が呪詛を掛けた分だったの???
ちょっと上手く見極めが出来ないから、凛の方で先に返すべき呪詛を返しちゃってみてくれる?』
碧がにこやかに依頼人の言葉に相槌を返しながら念話で言ってきた。
確かに、期間限定とは言え、うっかり碧が触れる事でこの痣が関係ない人に転嫁されちゃあ不味いよね。
なので呪詛に触れ、そっと痣に纏わりつく呪いを転嫁側ではなく掛けた本人につながっている方のリンクへ返す。
依頼人の記憶から呪詛を掛けた人間の情報も得られていたので呪詛を追いかけてみたら、確かに終着した相手の名前と一致した感じかな?
少なくともうっすらと感じられた向こうの自意識がこっちがそっと流した名前に返答するように応じた感じがした。
『返したよ、どう?
無理そうだったら名前と連絡先も依頼人から読み取ったから、この後解呪の押し売りに行くのも可能だから無理はしなくていいからね』
頼まれもしないのに解呪が必要ですかと押し売りする必要があるのか微妙に不明だけど、ちょっとこの依頼人のプラン通りに物事が進むのは世の中の理のバランス的に不公平な気がする。
もっとも、やばい人に敵視される相手がいい人であるとは限らないんだけどね。
とは言え、悪人であったとしても呪われるべきではない。
『う〜ん、難しいね。
最後に、ここを出る前に派手に部屋の浄化をしてみようか?
それで上手くいかなかったら無理ってことで』
碧が暫し沈黙した後に返してきた。
『碧でもダメっぽいかぁ。
まあ、部屋を清めた時に呪詛にどんな効果があるか、興味があるところだね。
じゃあ、帰ろう!』
「返しました。
気分はどうですか?」
サイドテーブルの上に伏せられていたハンドミラーを手に取り、依頼人に渡しながら尋ねる。
「まあ!
全然気が付かなかったぐらい、スムーズに終わるのね!
本当に無くなっているわ、良かった。
ありがとう」
にこやかな依頼人が、シミ一つなく白く綺麗な自分の頬を見つめて満足げに言った。
この白さってどこかのエステに通っているからなのかな?
それともスキンケア商品が良いから?
生まれつきというのもあるかもだけど。聖域産のヨモギを使ったポーションもどきのローションのお陰で私の肌もスベスベだけど、ここまでの透き通った白さはないんだよなぁ。
何が効くんだろ?
「では、ちょっと呪詛のせいで穢れが部屋に溜まったようなので最後に清めておきますね」
碧がカップを置き、立ち上がりながら祝詞を唱え始めた。
「は……?
え、いえ、そんなのいいわよ、要らないから!」
満足気に自分の顔を鏡で見惚れるのに忙しかった依頼人は碧の言葉を聞き逃していたようだが、流石に祝詞を唱え始めて部屋の空気が煌めきだしたら何かが起きていると気付いたのか、ギョッとしていた。
呪詛を掛けた場合に自分が清められたらどうなるのか、自信が無いみたい? 慌てて碧を止めようとしたが、碧も素晴らしい早口で祝詞を終えて、依頼人から力尽くで止められる前にパン!と手を打って清めを終えていた。
それほど大した穢れじゃないから、パワーよりスピードを重視したっぽい。
呪詛本体はそれなりに強いものなのだが、転嫁させてそちらに呪詛の穢れの大部分が押し付けられているせいか、そこそこ軽い感じなんだよね。
だから多分、呪われているので解呪をお願いしたいと言い出した依頼人が、実は自分も呪詛を掛けていると退魔協会の調査員が気付かなかったのだと思う。
と言うか、そう思いたい。
無能だったから気付かなかったでは調査結果に頼ることもある身としては心配だし、解呪の依頼が無ければ呪詛を掛けていてもスルーと言うのは関係する組織としてどうかと思うし。
それはさておき。
呪詛を掛けた人間を清めても呪詛返しは出来ないらしい。
部屋は綺麗に清められたが、呪詛のリンクはそのまま依頼人から西の方へ伸びていた。
しょうがない。
解呪の押し売りに行ってみますか。