ちょっと想定外
「今日は急な依頼に応じていただけて、ありがとう」
とある地下鉄駅から高級車で迎えに来られた私たちが辿り着いたのは、駅から比較的近くにある豪邸が並ぶ静かな高級住宅地だった。
出迎えてくれた女性は20代半ばぐらいな美人だったが、顔に大きく痣がある。
とは言え。
屋敷の中に招かれて、お茶を出されるのを待っている間によく観察したら、この依頼人の女性の周りに漂う穢れは痣の呪詛からだけではない感じがする。
ううん?
と言うか、それなりに濃厚に穢れの気配と呪詛の瘴気があって、当然この痣からだと思ったのだが……どうも違う。
大体、呪われたのに今にも笑い出しそうな程にご機嫌なのっておかしくない?
呪詛返しに訪れた依頼人からお茶を出されたのもこれが初めてな気がするし。悪霊祓いはまだしも、呪詛を掛けられている場合って大抵『今すぐ呪いを返してくれ!』って感じで急かされる事が多いのに。
「ふふふ、酷いでしょう、この痣?
呪いの一部なのか、お化粧やコンシーラー用のシールを貼っても透けて見えちゃうのよ。
明日は大切な友人の婚約記念パーティがあるから、是非ともそれに参加したかったの。急な依頼に応えてくれて嬉しいわ」
くつくつと笑いながら依頼人が言った。
なんかこう、悪意が滴ってくる感じで寒気がするんだけど〜。
この依頼人が呪詛を掛けたって言われる方が、被害者だと言われるよりもよっぽど納得がいきそうだ。
「婚約パーティですか。
結婚式ほどではないですが、重要なイベントですものね。
参加できそうで良かった」
碧が愛想よく応じる。
「ええ、私と彼女の両親が一緒に会社を創業して大きくしてきたので、子供の頃から色々と一緒に時間を過ごしてきた大切な妹みたいな存在なの。
彼女が結婚する相手も幼馴染だし、絶対にパーティには参加したかったからちょっと退魔協会には無理を言ってしまったかも知れないわね」
お手伝いさん(と言うか、メイド)から紅茶の入ったカップを受け取りながら依頼人が教えてくれた。
う〜ん、この場合の『妹』って『愛する家族の一員』と言うよりは、毒姉に虐げられる哀れなシンデレラっぽいイメージが湧くんだけど。
もっとも、シンデレラは最後に大逆転して見事に姉たちにざまぁをするから、もっとお手軽なラノベのドアマットヒロイン的な妹かね?
取り敢えず。
さっさとお茶を終わらせて帰ろうかな。
勝手に依頼人の周囲の汚れまで祓っちゃだめだろうけど、かなり不快だ。
そこそこ露骨ではない程度に急いでお茶を飲み終わり、立ち上がる。
「では返しの転嫁が設定されている呪詛をしっかり呪った人に返すため、ちょっと手に触れさせて下さい」
本当ならばそんなの必要ないけど、少し色々と調べたい。
「そうね、しっかり本人に返さないと」
『ニタニタ』と言いたくなるような笑いをこぼしながら依頼人が私に左手を差し出してきた。
さて。
まずは呪詛の確認かな。なんでこの呪詛の穢れがこうも薄いのか、確認しよう。
転嫁を気にしないなら近所の神社で返せちゃいそうなぐらい、淡い感じだ。
雑談をしている碧と依頼人を無視して、呪詛に集中する。
うん、何をやっても痣が表面に出てくる呪いだが……たったの三日で消えるようになっている。
痛みもなく、期間も短いからこんなに穢れが薄いのか。
と言うか。
なんだってこんな変な呪詛を??
そっと依頼人の思考を読ませてもらう事にする。
こんだけ満足感たっぷりにご機嫌なのは何故なんだろ?
『うふふ、これで呪詛が返ったらあの子も結婚を諦めるでしょうね。
化粧でもシールでも隠せないんだもの! しかも人を呪ったのが返ってきたなんて、琉さんにも言えないでしょう。
ふふふ。
色々と親切そうな顔をしつつ追い詰めてきた甲斐があったわね〜。
呪師の存在を知らせるのにも散々手をかけないと気づかないニブチンだったし、間に合わないかと思ったわ』
自己満足満載な心の声が聞こえてきた。
更に記憶を読んだら、どうやら明日の婚約式の主人公である『妹みたいな』友人が呪詛を掛けた人間らしい。
今まで散々追い詰めて、親切で親しい幼馴染な顔をしつつバレないような嫌がらせをやりまくり、両親や会社での関係を利用して依頼人を追い払うには呪詛しかないと思い詰めるまで誘導するのに苦労してきたっぽい。
苦労というか、楽しんでもいたようだが。
しかも、本人に視野狭窄になり、考えが悲観的になるような呪詛まで掛けている。
こっちは期間限定ではなく、強度もかなり強い。
お陰でこの穢れなのだろう。
退魔協会の調査員、なんでこの依頼人が掛けた呪詛に気付かなかったの??
ダメじゃん。
しかも掛けられている呪詛にしたってこんなの放置したら消えますよと言えば良かったのに。まあ、金儲けの為には言わないで報酬を受け取る方が良いんだろうけど。
呪詛って依頼がなかったら返さずに知らぬふりするスタンスなんだっけ??
悪霊は依頼無しには祓わないのは知っていたが、呪詛もそうなのかな。
それともまさか呪詛返しを依頼してきた人間が自分で他者を呪っていると思わず、穢れは掛けられた呪詛のせいだと誤認したのか。
なんかこう。
どう考えてもこの依頼人は被害者じゃなくて加害者っぽいんだけど。
このまま呪詛を返すのは人道にもとる気がするぞ。