来た!
「朝早くから、満員電車で来たのに『帰れ、もう二度と来るな』って言われるのって、自業自得だけどちょっと哀れな気もするね〜。
どうせなら電話で通告すればいいのにって気がするわ。
まあ、考えてみたら色々と書類を渡したり署名捺印させる必要があるんだろうけどさ。
けど、大人しく言われた通りに引き下がって署名するのかしらね?」
朝一に荏原莉里に懲戒解雇を言い渡すらしいので、その帰り道に捕まえて能力を封じようと待ち構えている私に付き合ってくれた碧が、駅から母の勤務先へ向かう途中にある喫茶店でコーヒーを飲みながら呟いた。
暴れられたら面倒だから、碧が正面から声をかけて気を引いた瞬間に後ろから追い越すついでにうっかりぶつかってよろめかせて、碧が手助けする感じに支える振りをする際に更に立ち眩みさせ、『ぶつかっちゃってごめんなさい、大丈夫ですか?!』と声を掛けている間に能力を封じる予定なのだ。
脳貧血っぽくふら〜とさせるのは任せて!と言われたので頼んだ。
やっぱ一人でだと人通りがある道でやるのはちょっと難しいからね。
「まあ、魅了を使って他の人間に怪しまれないようにしたり、情報を抜き取っていたりしたとは言え、会社の秘密情報を違法に入手して漏洩をしていたのは事実で証拠も取れたっぽいから、刑事告発してもいいけど?と脅されたら大人しく従うんじゃない?
流石に正式に会社が懲戒解雇の手続きをしていたら、通告に来た人間とか書類手続きをやっている人事の担当を魅了してなんとかなるとは思わないだろうし。
……多分」
と言うか、本人的に自分の魅了の力をなんだと思っているんだろ?
ヤバい状況から抜け出すために大々的に使っても大丈夫な、それこそ神の祝福的なものだとかは思っていないよね??
私は覚醒した時に、自分の能力は異端だから周囲に知られたらそれこそ何かの実験台にでもされかねないと思って使う時は『こっそり隠しながら』一択だと思っていたけど。
まさか、安易なラノベのざまぁ版乙女ゲー物に出てくるヒドインみたいに、自分がどこぞの物語の世界の主人公だから何をやっても大丈夫なんて思ってはいないと期待したい。
と言うか、主人公だと思っていたら、やっていることがしょぼ過ぎるよね。
「まあ、だよね。
それこそ、なんでもありだと思っていたらもっと周囲の人間から貢がせているだろうし」
碧が言った。
確かに!
情報漏洩しているのも自分が付き合っている彼氏のために貢いでいるに等しいんだから、貢がせていない点に関しては、評価していいよね。
と言うか。
考えてみたら、その貢がれているライバル社の研究者って何を考えているんだろ?
まともな人だったら、自分の彼女からライバル社の情報を貰って素知らぬ顔してそれを活用しないと思うんだけど。
その貢ぎ先の彼氏と会う場面まで、クルミを彼女につけておいてどうなるか確認しようかな。
あっさり有用性が無くなったら捨てられて、恨んで殺害を計画し始めたり、絶望して自殺したりしたらどっちのルートでも後味が悪い。
そんな事を考えていたら、喫茶店の方へ先日見かけた荏原莉里が歩いて来るのが目に入った。
「お。
定時十分前ぐらいに着きそうかな?
今近づいて来ている、水色のスカートに白いカットソーの女性だよ」
碧に知らせる。
母親の会社の前でクルミに待機させていたんだけど、見逃さなくて良かった。
「ふうん?
美女というよりは可愛い系かな?
まあ、研究職の朴念仁達から情報を抜き取るなら出来る女風な美女より、ちょっとドジな可愛い子系の方が上手く相手の自尊心をくすぐって転がせるんだろうね」
碧が荏原莉里の姿を見てコメントした。
そうだねぇ。
考えてみたら、男尊女卑がそれなりに残る日本って出来る美女よりも頼りない可愛い子系の方がモテそう?
まあ、実際に結婚した後は子育てとか家計の管理とか、頼れる女の方が男性にとっても気楽なんだろうけど。普通に出会って付き合うって段階までなら可愛い方が男は喜びそう?
だから世の中の男は不倫をしまくるのかも。結婚には堅実で自分に負担が掛からなそうな女性を妻として選ぶけど、結婚した後も可愛い女にチヤホヤされると浮かれて靡いちゃうんじゃないかな。
まあ、これはあまり深く異性と付き合った事のない私の偏見かもだけど。
さて。
クルミに荏原莉里の背中あたりにでも取り付かせて、様子をモニターしよう。
問題を起こしそうになったら、ちょっとだけならクルミ経由で能力の発揮も阻害出来るからね。
独学というか勝手に生えた能力を適当に活用してきた程度なら、それほど能力も強くはないと思いたい。




