ヤバいかも?
初めて来た母の勤務先は、新しい再開発されたオフィス街からちょっと外れたところにある、地味な建物だった。
5階建てぐらいのずんぐりむっくりな建物で、社名がどこにも目につくところに書いてない。母に連れてきてもらわなかったら辿り着けなかったかも。
「社名を表示しないんだ?」
この建物が母の勤務先のだって話だから、広告も兼ねて屋上とか正面の壁とかに大きく会社名を表示するものかと思ったけど。
「ウチの会社は製造機械の一部を作る地味な会社だからね。
ニッチだけど日本が現時点では強い業界だから、ウチの会社も世界的にも知る人ぞ知るってやつだけど、一般人には名前すら知られていないと思うから、広告するだけ無駄なのよ。
下手に名前を出していて、社員が何かやらかして変な風評被害を受ける方が面倒っていうのが上のスタンスなの」
母が言った。
あら。
どんぐりの背比べで二位か三位なのかと思ったけど、意外と大きなどんぐりだった?
じゃあ、マジで日本の地位を奪い取ろうと考えている他国が、開発を失敗させて買収の梃子にしようかとか企んでいる可能性だってあるのか。まあ、実際に産業スパイ的な活動がされているとしても、単に国内のライバル社の可能性の方が高そうだけど。国レベルの活動だったら、産業スパイって最近だったら露骨に技術の流出を絞り始めたアメリカの方がターゲットになっていそう。
そう言えば。
「ちなみに、その開発がうまくいっていない部署ってハニトラ対策は大丈夫なの?」
社内結婚が多かった昔の方が、そういう点では会社にとって気楽だったんだろうなぁ。
下手に上司がお見合いの話をすることすらセクハラ扱いになりかねない今の世の中じゃあ、ハニトラ防止も至難の業かも。
セクハラ被害を受ける側な女性としては、会社の上司に変な親切の押し付けをされない現代の方が有り難いけど、会社にとってはリスク管理が難しくなったんだろうね。とは言え、別に昔だって100%社内結婚じゃなかったんだし、浮気はまた別問題だろうし、リスク管理は常にそれなりに難しいんだろうけど。
「一応狙われるような技術を扱う部署の人が結婚する場合はそっと調べていて、結婚相手が外国人だったりした場合はそれとなく部署移動の話がくるらしいけど、付き合っている程度じゃあどうしようもないんじゃないかしら?」
溜め息を吐きながら母が言った。
うわぁ。
中々怖いね。
どこぞの大国みたいに技術を盗むのを全然恥と思っていないところの狙われたら、マジでヤバそう。
まあ、ハニトラで騙さなくても、バブル崩壊後の日本だったら業績が悪い会社でリストラされた技術者を普通に高給料で誘うだけでも十分色々と技術を盗めてきたって話だけどね。
さて。
今度は変な事件じゃないと良いんだけど。
そんな事を考えながら母の働くフロアに上がり、ちょっと挨拶をして回って周囲を見た後、最後についでという感じに隣の部署に母が寄り、私もその後ろをついて行った。
遅めのランチにして、のんびりして帰ってきたからほぼ全員がランチから帰っていたのか隣の部署も人が多かった。
誰も呪われていないし、悪霊も憑いていない。
ちょっと穢れが部屋に溜まり込んでいるけどね。色々と上手くいっていない事に対するストレスからかな?
窓を開けて風を通すと、新しい穢れなら意外とあっさり吹き飛ばせるんだけどねぇ。窓を開けて空気の入れ替えができないオフィスって換気がエアコンになるが、どうもエアコンじゃあイマイチ穢れって吹き飛ばされて綺麗にならないようだ。もしくはエアコンでは追いつかないくらいに皆のストレスが酷いのか。
日中は窓を開けたら埃が入ったり紙が飛ばされたりで問題だろうけど、仕事が終わった後とか始まる前に、ちょっと窓を開けて空気の入れ替えをする方が良くないかね?
高層ビルとかじゃあ窓が嵌め殺しで最初から開ける設計になっていないだろうけど、ここは5階建ての3階なのだ。
ちょっと古そうだし、窓を開けられるんじゃないかと思うけどな〜。
まあ、デリケートな機械は日に一回程度の換気で吹き込んでくる埃程度でもダメなのかもだが。
流石に黄砂の時期とかは避けた方がいいだろうけど、普通の時でもダメなのかね?
考えてみたら換気するために窓を開けて蚊が入ってきたりしたら困るだろうけど。
穢れを浄化できるようなお守りって作れないのか、今度碧に聞いてみようかな?
オフィスとかで実はすごく需要がありそう。
それはさておき。
あちらで頭がボサボサな男性とにこやかに話している若い女性。
さっきからずっと周囲の人全員に対して洗脳の術を緩く使っているんだけど。
何かヤバい、成り変わり計画の実行中だったり?!
これって誰に言ったら対応できるんだろ?
退魔協会に関係ない企業がターゲットな場合でのヤバい能力の悪用も、通報したら退魔協会が対処してくれるのかな??