体質ね〜
母の会社見学は先に会ってランチを奢ってもらい、その後一緒に会社へ寄ることになった。
ちなみに、見回す手間賃として、ランチ代に追加して5千円が約束されている。
最寄駅の出口のそばで待ち合わせした母は、いつも通りな感じなっていた。
「あれ、こないだ会ってから、美容院に行った?」
ちゃんとお化粧をしているだけでなく、白髪も消えてキリッとしたキャリアウーマンっぽい感じになっている。
こないだは家族に会うだけだからって事で手抜きしてたのかな?
「凛がこっちを見てギョッとしていた後にどう反応しようか困ったような顔をしていたから、貴女が帰ったから改めて鏡で自分をしっかり見たらちょっと酷かったからね。
流石に美容院で1時間以上もチミチミとカラーリングクリームを塗ってもらっている暇はないから、ドラッグストアで泡を塗りたくって染める白髪染めを買って自分でやったの。
疲れていて忙しいからって美容院を後回しにするなら、その間はちゃんと自分でメンテしなきゃダメね〜。
会社でもあちこちから『良い事があったのか』的な質問をされたわ」
母が苦笑いしながら応じた。
そっか、私のギョッとした顔と言うかどうかの迷いに気付いたんだね。
まあ、口に出してプライドを傷付けるよりは、それとなく相手に察して貰うのが一番だよね。
会社の知り合いだと毎日会っているからギョッとするほどのショックがなかったんだろうけど。
「いやぁ、言うべきかどうか、分からなくて。
『白髪が目立って老けて見えるよ』なんて、家族以外には言えないだろうけど家族でも言うべきかどうか、悩ましいからね」
いやぁ、ほっとした。
母親に『女』として男に媚を売ってくれとは絶対に思わないけど、ボロく年寄りっぽくなるよりは若々しく綺麗な格好をしていて欲しいからね。
出社時にここまでキリッとしているというのは気がついてなかったけど。
「うん、これからも急に老けた感じになっていたら、遠慮せずに体の調子でも悪いの?って聞いて頂戴。
今回みたいにうっかり放置していた場合の警告になるからね。
実際に何かの病気で徐々に体調が悪くなっている場合でも、改めて言われたらズルズルと放置せずに病院に行く良いきっかけになるし」
母が言った。
なるほど、そう言う考え方もあるのか。
確かにいつも胃が痛いとかって放置しがちかもだが、何かの機会に一度はちゃんと医者に診てもらわないと、胃癌でしたなんて言うのが手遅れになってから分かっても困るからね。
まあ、いざとなれば碧に泣き付かせて貰うけど。そこまで行かずに早い段階で分かるに越したことはない。
それはさておき。
「そう言えば、ウチの家系って白髪が多いの?」
先日見た母の白髪はそれなりに多かった。
まだ50前なのに、あれほど白髪が多かったのは実はちょっとショックだった。
まあ、ネットで調べたところ。女性は30代後半まで染め始めている人が半数ぐらいいて、40代後半には9割近くが染めているらしいから、それをしばらく放置していたら『老けて見える』状態になっても不思議はないみたいだけど。
これって随時碧に毛根のメラニン色素生成機能を治癒して貰っていたら、白髪染めを不要に出来るのかなぁ?
ちょっと無理っぽい気がして悩ましい。
今すぐ悩むことじゃあないけど。
「そうねぇ、私の母は早くから白髪だったかも。
義母さんは早くに交通事故で亡くなったから、白髪染めしていたかも不明ね。
私も平均よりは早い気がするから、凛も私似なら早いかも?」
母がメニューを手に取りながら言った。
うげ。そうなのかぁ。
白髪が見えてきたら、マジで碧になんとか出来ないか、試してもらおう。
それはさておき。
「そう言えば、お母さんの会社ってちょっと経営がヤバいの?
一つの開発に会社の将来が掛かっているなんて、怖いんだけど」
まあ、最近は人不足って話題が新聞にも出まくっているから、まだ40代の母親なら会社が倒産しても極端に選り好みしなければ次の仕事を見つけられるとは思うけど。
父親と共働きなんだから、いざとなったら専業主婦になっても大丈夫だろうし。なんだったら私の大学の授業料と生活費は出さなくてもいいよって言おうかな?
退魔師であるって打ち明けた時に退魔の報酬がそれなりに貰えるから自分で払えるよ?と言ったのだが、大学卒業までは長谷川家の子供として面倒をみるから稼いだお金は遊びなり将来に向けた貯蓄なり、好きなように使いなさいって言われたんだよね。
「ああ、あれ?
流石に一つの開発をポシャったら潰れるなんて事はないけど、最近は色々と厳しいでしょ?
今まで通り業界の二番手と三番手をふらふら行き来するか、トップに追い付き追い越すかの分かれ目になるかもって上が期待している開発なだけよ。
私としては一つの開発で何かが変わると期待する上の体質がウチがトップになれない原因だと思うんだけどね」
母がこそっと小声で付け足した。
個室でも、勤務先のそばのレストランで大声で言うことじゃあないか。
でも確かに、一つの開発で何かがそこまで変わると考えるのは安易で、危険だよね。
まあ、取り敢えず私がヤバい霊や呪いを見つけられるか否かが母の会社の将来を左右するとは必ずしも考えなくていいのは良かった。
ちょっと安心。




