ハードルが高い
「そう言えばさ、回復師って白髪を元の黒髪に戻せたりするの?」
久しぶりに実家で母に会いに行ってから帰宅し、ふと気になっていたことを思い出したので碧に尋ねてみた。
「白髪はね〜。
ちょっとストレスや加齢現象で毛根が弱ってメラニン色素だっけ?がちゃんと生成されなくなったタイミングで治癒して白髪にならない様にするのは可能だけど、一回白髪な状態が定着しちゃったら難しいねぇ。
頭皮を全部削ぎ取って毛根ごと再生し直すんだったら黒髪な状態で復活させるのが可能かもだけど、試したことはないし。そこまでやればハゲなら一時的にでも治せる可能性が高いとは思うけど、定着しちゃった白髪は微妙かも?
痛そうだし、私もやりたくないから試したことがないの」
碧がちょっと難しい顔をしながら答えた。
うわぁ。
頭の皮を剥ぐって。
「確かに、それはやってって頼むのも怖すぎて難しいね。
なんかさ、久しぶりに会ったら母親が疲れているのか妙に白髪が目立ってて。
元々白髪染めしていたのが疲れててタッチアップする暇がなくて目立っていたのか、疲れとストレスで白髪が増えたのか分からないけど、ちょっと老けて見えてショックだった」
しかも、白髪が目立つせいで老けて見えるよと指摘して疲れた母親に追撃すべきか、それともそっとしておいて老けた容姿のままで放置するかも微妙だったし。
白髪が増えて老けたね〜!なんて言うセリフは友人ですら言ったら友人関係に罅が入りそうだからね。デリケートだけど重要な問題を指摘するのは家族にしか出来ないある意味思いやりの行動だとは思うが、傷付くだろうなと思うと……指摘するのも気が引けるしで、中々反応に困った。
結局、今日は母が会いたいと言ってきた問題の話し合いで時間切れになったので白髪のことに関しては言及しなかったが、健康に関しては無敵な碧が白髪にも勝てるのか、ふと気になったのだ。
「疲れてて一時的に白髪になっているだけだったら、それこそ美帆さんのとこの温泉に誘ったら?
凛の家族だったら温泉に呼ぶのはオッケーでしょ。
泊まるのも、ウチの実家の和室ならまず問題ないし」
碧が言ってくれた。
「う〜ん、会社の方が大変そうだから、多分一段落して温泉に行ける頃には白髪が定着してるんじゃないかなぁ」
今日は会社の方でよく分からない問題が起きているから、ダメ元で私に相談したいって事で呼ばれて行ったんだよねぇ。
「まあ、白髪が間に合わなくても、親孝行を兼ねて温泉宿に誘うのはありじゃない?
ちなみに、言える範囲だけでいいけど、結局凛に相談したいことって会社の問題だったの?」
碧がお茶を淹れながら尋ねてきた。
「なんかねぇ。
隣の部署でやっている会社の将来が掛かっているかも知れない開発が妙に不幸な事故っぽい不運続きらしくて。
どこかの競業する会社が産業スパイっぽく誰かを買収して妨害させているのか、単にとんでもなく運が悪いのかって上層部で悩んでるらしいんだけど、何か母親的には気になる事があったらしくてね。
誰かが呪われているとか悪霊にでも取り憑かれていて上手くいっていない可能性があるかなって相談されたの」
まあ、呪いだった場合は競業するどこかのライバル会社に呪詛を掛けられた可能性もあるから、その場合はそれも産業スパイの妨害活動に近いけどね。
「うわ、呪詛って個人的な感情の拗れだけじゃなくってライバル企業の妨害にも使えるの??」
碧が目を丸くして聞き返す。
「誰かがぶきっちょになる呪いを掛けて機具を壊しまくっちゃうよう仕向けるとか、頭がボ〜ッとして閃きが湧かない様にするとか、可能っちゃあ可能性かも? それこそ静電気が酷くなる呪詛だって、開発の種類によっては実験を意外に阻害するかもだし。
仕事の為に倍返しのリスクを背負ってまでして呪詛で妨害する人がいるかは知らないけど」
呪師を雇う金があったら、普通にハッカーなりゴロつきなりを雇って妨害する方が無難だと思う。
呪詛の長所といえば、目に見える形の妨害にならないから発覚しにくいってぐらいだから、ビジネスだったらリスクとリターンが見合わないでしょう。
「で、結局結論はどうなったの?」
碧が尋ねる。
「今度ちょっと『就職戦線で戦っている娘の為に職場見学させて貰う』って事で私が会社に行って、母の職場を見るついでに隣の部署とやらもささっと覗いて、誰か呪われてないか、穢れが蔓延してないか、その辺を確認だけでもしてみることになった」
流石に娘を何十万円も払って退魔師として雇う訳にはいかないから、実際に怪しい兆候があったら母が上を説得して退魔協会へ調査依頼を出すと言っていた。
問題があるかどうか分からないのに、退魔師に調べて貰おうと提案するのはちょっと現代日本ではハードルが高いよね。