嫌な二択?
大崎佳織の住んでいるアパートの前で車を降り、階段を登り始める。
建物の前に着いた段階で生霊も麻痺に近い状態から元に戻して解放した。
葵さんがインターホンを押す。
がた!と音がした後、バタバタと足音がして、扉が開いた。
「豊橋さん?!」
ビックリしたように大崎佳織が声を上げる。
「お邪魔して良いかしら」
葵さんが声を掛け、そのまま押し入った。
玄関前でやり取りする内容じゃないからね。
扉を開けたら真っ直ぐ踏み込んで中に入ってくれって前もって言ってあったのだが、予想通り大崎佳織は強く反発することなく後ろへ下がった。
「えっとぉ〜。
どうしたんですか?」
部屋の中に突然三人も押し掛けてきたのだ。
大崎佳織はちょっと不安そうな顔をしてこちらを見ているのも不思議はないだろう。豊橋家での出来事は記憶にないのか、夢だと思っているのか。
「心当たりはあるのではないかしら?
私の事を付き纏って、挙げ句の果てに取り憑いたのは貴女でしょう?
迷惑だから、やめて欲しいの」
葵さんがピシャリと言い渡した。
「え……?」
大崎佳織がビックリしたように目を丸くした。
「葵さんの日常生活を夢想して色々と観察していたのは想像では無く、貴女が幽体離脱して生霊として葵さんをストーキングして実際に見ていた光景です。
夢をみている様なつもりで葵さんの体で服を着てみたりした時も、実際に貴女の生霊が葵に取り憑いて体を乗っ取って現実で行った行為なのです。
あれは危険な行動で、場合によっては葵さんの命にも関わるかも知れないという事で退魔師である我々が対処するために雇われました。そして今日も夕方にいつもの如く葵さんの元へ現れた貴女の生霊を捕縛して、この場所を特定したのです」
場所を特定したのは葵の親に雇われた興信所だろうけど、まあそこは言わなくていいだろう。
「退魔師の方々が貴女に今後私に取り憑かないよう、封印を施してくださるとそうなの。
ですから、生霊としての貴女とは2度と会うことはないと期待しているわ。
現実社会での貴女も、2度と会いたく無いので近付かないで頂戴。
貴女を見るかもと思うだけで吐き気がするので、サークルは辞めるわ。だから貴女の行動を変える必要はないけれど、大学やその他の場所で私を見かけても二度と声を掛けてこないでね。
生霊としての行動は夢だと思っていた可能性が高いとの話なので、ここ半月程の地獄に関しては慰謝料の請求はしないわ。
だけど、これだけはっきりと接触を拒絶しているのにまだ声を掛けてくるようだったら……法的手段を取らせてもらうし、父の資金力をフルに使って貴女が私の側に現れることもできない様に貴女や貴女の家族にありとあらゆる圧力を掛けるつもりなので、覚悟しておいて」
そう言い渡し、圧倒されたように大崎佳織がおずおずと頷いたのを確認して葵さんは出て行った。
「大崎さん。
幽体離脱は危険な行為です。
霊体と身体というのは二つで一緒にある状態が安定していて、外からの攻撃にも負けにくいようになっているのです。だから霊体だけ、身体だけだと物凄く脆いんです。
幽体離脱を繰り返していたらそのうち悪霊に体を乗っ取られて帰れなくなって魂が摩耗して消え果てる可能性が高いですし、また誰かに取り憑こうとしたら、霊体の方もそのうち退魔師に攻撃されて致命的なダメージを負ってしまう羽目になりますよ」
ちょっと親切げに大崎佳織に言い聞かせる。
「だけど、夢だと思っていたのに!
どうやって体から離れているのか分からないんだから、止め方も分からないわ!」
大崎佳織が自分の体を抱きしめながら怒鳴り返す。
私が締め上げた記憶が漠然と残っているのか、ちょっと敵対的だね〜。
「豊橋さんからの依頼もありますし、放置しておいたら命の危険もありますから、貴女の霊が身体から出ないように、封をします。
抗わないで下さい」
そっと額に手を振れる。
別に額じゃなくて肩とか手でも良いんだけど、こういう時は額の方が雰囲気があるからね。
と言う事で、霊体と身体の結び付きを強めて幽体離脱しないようにする。
ついでに自分磨きにもう少し頑張って、人に憧れて理想を追うのを辞める様に意思誘導をしておいた。ちょっと自分を顧みなすぎる歪な精神構造のせいで幽体離脱しやすい体質だったみたいだが、がっちり封をして心が抜け出しにくくしたし、精神のアンバランスさも少しはマシになる様に意思誘導した。上手くいけば封が緩んできても心が逃避に流れないと期待しよう。
あとは……葵さんの事を考えると寒気がする様にちょっと条件づけておく。
これで少なくとも葵さんには無意識にでも近付こうとしなくなるだろう。
「では、お大事に。
人にばかりのめり込まないで、自分を磨くのをもっと頑張って自分へ自信を持てるようにすると良いのでは?」
これは行きすぎると危険なので、意思誘導ではなく単に言葉として伝えておく。
何も言わなかった碧と一緒に大崎佳織の部屋を出た。
「なんか今回私は何もしなかった〜」
軽く笑いながら碧が呟く。
「浄化系では碧の方が頑張ることが多いんだし、たまにはこう言うのも良いんじゃない?
しっかし、女でも女をストーキングするんだねぇ。
マジでホラー映画一歩手前な感じで驚いた」
以前アメリカ映画でルームシェアしている女性が段々主人公に顔や行動を似せてきて、友人関係とか生活を乗っ取ってくるって言うホラー(?)映画の予告編を見たことがあった。
あんな感じになりそう危うさがあったなぁ。
考えてみたら、あの映画ってどう言う風に終わったんだろ?
ヤバい相手だと、逃げるか殺すかの二択になる気がするが、どっちも被害者は今までの安定した生活を捨てる羽目になるんだから良い迷惑だよねぇ。
葵さんもかなり怖い思いをしたみたいだし。
今回はそんなヤバい二択にならなくて済んで良かった。
大崎佳織は大学を移籍でもした方が無難な気はするけどね。
依頼主の父親がそのまま娘のそばに彼女が通学する事を許すか、微妙な気がしないでもない。
これでこの章は終わりです。
明日はお休みしますが、明後日からまた宜しくお願いします。