生霊じゃなくてもストーキングは出来る
「ありました!
大崎さんの住所はこちらですね」
ダイニングルームに戻ってきた葵さんがタブレットを差し出してきた。
どうやら集めた情報はソフトコピーで渡されたらしい。
まあ、その方がアップデートしやすいし検索も出来るよね。
と言う事で渡されたタブレットの画面を見る。
都営地下鉄の駅から歩いて10分ちょっとのところにあるアパートに一人で住んでいるらしい。
家族と同居していた場合はどうしようかと思っていたが、一人暮らしならば都合が良い。
もっとも一人暮らしだからこそ、ここまで葵さんに粘着出来たんだろうけど。
家族と暮らしていたら、もっと早い段階で幽体離脱している意識不明な体を見かけた家族が大騒ぎしていただろう。
まあ、大騒ぎされたところで霊的ストーキングが止まらなかった可能性は高いが。それでも、『あんた、宙を見たままぼーっと椅子に座って何を言っても反応しなかったんだけど、大丈夫??』と家族に心配されたら、本人も体を抜け出すのを躊躇うようになったかも?
幾ら無意識にやっているとは言え、慣れればそれなりに感覚的に体から抜け出したって分かる様になる筈。
一人暮らしだと夢想しているか、幽体離脱しているか、目撃する人が居ないから分からないんだろうね。
今日の日中にピンポンダッシュ的に現れた時は教室なり電車の中でなりでちょっと怖い感じになっていたんだろうけど、それを指摘する程親しい人が側に居なかったのだろうなぁ。
親しい友人が近くにいたら、ここまでサークルでちょっと見かけた人をストーキングする様な事にならなかった可能性は高いだろうし。
「よし!
じゃあ、大崎さんのところに行きましょう。葵さんからキッパリと迷惑だから近づくなと絶縁宣告した上で、私たちの方で大崎さんの幽体離脱体質を封じれば、今回の問題は解決すると思います」
立ち上がりながら葵さんに言う。
「……私も行く必要がありますか?」
ちょっと及び腰な感じに葵さんが言った。
「散々迷惑を掛けられたんですから一発ぶん殴るぐらいしてもいいと思いますけど?そこまでしないにしても、『迷惑だから近付かないで欲しいし絶縁宣告を無視するなら法的手段を取る。更にそれも無視するなら父親の資産力を最大限利用した経済的制裁も視野に入っている』って脅さないと、幽体離脱出来なくなったら物理的にストーカーになる可能性が高いと思いますよ?」
ちょっと病的に粘着質な気質みたいだし。
異性による性的なDVもどきなストーカーではなく、同性からの付き纏いだ。憧れているだけだと本人も周囲も思うだけに、却って排除しにくくてタチが悪いストーキングになりそうな気がする。
まあ、今回はそれなりに意思誘導を埋め込むから数年間は大丈夫だろうと思うけど。
こう言う粘着質な気質って育った環境や本人の劣等感とか願望とか、色々な要素が絡むから前世でも時間をかけてカウンセリング的な緩やかな意思誘導をするか、もっとキツい制約魔術を使うかしないと長期的にはどうしようも無かったんだよねぇ。
考えてみたら、迷惑なストーカー気質ってお金を払ってカウンセリングに行かせるスポンサーが居ない場合が多いだろうから、たとえ私が精神科医の資格をとってカウンセリングが出来る様になっていても黒魔術の才能はあまり活用できない結果になっていただろうね。
怒りに任せて暴力的になる人の対処だったらアンガーマネージメントとして会社や裁判所から出席を強要される人が居てビジネスになったかもだけど。
ある意味、ストーカー気質の修正の方が更にもっと世のためには必要なサービスだと思うけど、本人は自分の気質に問題があると思っていないし、被害者には加害者へカウンセリングを受ける様に強制する権利が無いしで、どうしようも無い。
それこそ殺人に及ぶ可能性の高い異性によるストーキングですら、警察は近寄るなと注意するだけで、カウンセリングを受ける様に強要は出来ないみたいだもんねぇ。
まあカウンセリングを受けたって、本人にカウンセラーの言葉へ耳を傾けて自分の行為を鑑みる気が無かったら時間の無駄だろうけど。
それはさておき。
「分かりました。
着替えてきます」
私の言葉に葵さんが頷き、部屋から出て行った。
ついでにその間にちょっと生霊さんからもう少し情報を得られないか、頑張ってみるか。
粘着質な性格になった原因がわかったら、より効果的に意思誘導が出来る可能性があるからね。