迷惑です。
(あ。来た)
夕食後にお互いのお気に入りなネット小説に関して盛り上がっていたら、生霊の出現を察知した。
意外なことに、碧よりも先に葵さんが身震いをして周囲を見回す。
生霊の視線の先って事で、はっきり現れる前の生霊感知は被害者の方が普通の術師よりも早いのかな?
まあ、葵さんは人並外れて敏感みたいだけど。
もしかしたら、黒魔術師の才能も少しあるのかも。
と言うか、少しだけあった適性が今回の生霊騒動で活性化しつつあるって感じかな?
退魔師としてガンガン働くにはちょっと魔力が足りないと思うけど、自分に取り憑こうとする悪霊や生霊を撃退する程度の技は習得できるかも。
お金持ちなんだし、退魔師に弟子入りして最低限の技術を身につけるのもありかもね。ついでに転嫁を回避した呪詛返しの方法も学んでおけば、妬まれる立場な上流階級の人間としては損は無いだろうし。
弟子入りして中途半端に学び初めてからギブアップすると力を封じられちゃうけど、一人前になりさえすれば別に退魔協会に登録して働かなきゃいけない義務は無い筈。
一応今後も取り憑かれて困る様だったら選択肢としてこう言う手もありますよとだけ、後で言っておこう。
時間とお金と手間を掛けて自衛手段を身に付けたいか、随時退魔師を雇って対処させたいかは本人の選択肢だからね。
夕方になって家に帰って落ち着いてから葵さんの事を考えていて幽体離脱したのか、今回は私が捕縛結界を準備している間も生霊は消えなかった。
それどころか、かなりはっきりと姿を現している。
今まで生霊を見ていないって葵さんは言っていたけど、生霊側も何らかの才能が目覚めちゃったのかな?
幽体離脱ってあまり良い才能だとは思わないけど。
スパイ系の仕事をしたいなら、体をしっかり守っておく手段があるなら使い勝手が良いかもだが……やり過ぎると魂を摩耗して早死にするからねぇ。
「知り合いですか?」
肉眼でも半透明に見える程度まで姿を現した生霊を見遣りながら碧が葵さんに尋ねる。
「…‥大崎さん、だと思う。
ちょっと透けているから絶対とは言い切れないけど」
葵さんが生霊の方をおっかなびっくり覗き込みながら答えた。
私と碧のどちらの後ろに隠れるのが良いか、考えているっぽい?
「捕縛」
取り敢えず、捕縛結界で生霊を取り押さえて、この部屋に固定する。
『え?!
何??』
うっとりと葵さんを見つめていた生霊が、捕えられて初めてびっくりしたように周囲を見まわし、ジタバタした。
「こんばんは。
私邸への侵入は生霊状態でもプライバシーの侵害ですよ」
そう声を掛けながら生霊の頭を鷲掴みにして、記憶を読み取る。
うん、やっぱ大崎……佳織さん本人だね。
美人で優雅な葵さんに対してミーハーな憧れを抱いて粘着しちゃっているけど、現時点では葵さんのことを夢想しているだけだと本人は思っている様だ。
これで自分が好きな様に生霊化して葵さんをつけ回したり、取り憑いて体の主導権を奪えるって自覚したらどうなるのかは微妙に不明。
本人は夢にもそんな事が可能だと思っていなかったから、想像してみたこともないのでどう言う行動に最終的に至るかは見えない。
まずは本人が葵のところに取り憑きにも覗き見にも来れない様に魂に封を刻みこなきゃだけど、実体の体にやる方が楽だし確実なんだよね。
「この大崎さんの家がどこか、調べた資料の中にありますか?」
葵さんに尋ねる。
あまり記憶を読んで情報を抜き取っている場面は見られたく無い、
葵さんはまだしも、父親にそれが伝わったら色々と便利使いしたくて仕事を提案してきそうで嫌だ。
「あ〜と……ちょっと待って下さいね」
そう言って、葵さんが駆け出して行った。
部屋に置いてあるのかな?
『私……最近疲れやすいしぼうっとする事が多いと思っていたんですけど、もしかして変な事になっていたんですか?』
生霊が尋ねてきた。
「ええ。
どうも葵さんへの憧れが天元突破しちゃったみたいで、魂が体を抜け出してストーキングしていた様ですね。
絶え間ない覗き見と時折起きる体の乗っ取りにすっかり参ってしまって、葵さんはノイローゼ一歩手前なところまで追い詰められていますよ」
大崎さんとやらに告げる。
あまり憧れた相手のことを何でもかんでも知りたいと思わない方が良いんだよ?
生霊になって幽体離脱出来ないように封をしたとしても、物理的なストーカーになっちゃったら葵さんのストレスは結局減らないからね。
『え、そんなつもりは無かったのに』
ちょっと困ったような顔をしたが、憧れの対象に自分の存在を刻み込めたと言う仄かな喜びが困惑の下に感じられた。
う〜ん、人に興味を持ち過ぎないように意思誘導した方が良さげだね。
生霊の単純にちょっと変わった才能のある田舎出身の純真な女子大生と言うだけではなさそう。
と言うか、無意識だろうとああも執拗に人の事を覗き見しようとする精神構造は、ストーカーとか成り代わりを願うようなホラーストーリーに出てくるタイプに近いと思う。
葵さんにはっきりと拒絶させて、それをしっかり魂の奥深くまで感じるようにでもしないと。