『歴史の闇』は趣味には向かないのでは
「この棚にある分が、今回寄贈された古書です」
閉館手続きが終わった後、地下にある部屋の一つへ東川さんに案内された。
以前行った、美術館の保管庫(室?)と似た感じの温度と湿度が調整された部屋で、幾つかの棚に書籍が入っていたり、藤山家の蔵で見かけた様な保存箱っぽい箱が重ねて置かれている。
各棚の前に机が置いてあり、そこで作業をしているのかな?
寄贈されたのや、定期的なメンテとかの作業もしているのだろうけど……現時点ではこの部屋での作業は難しいだろうねぇ。
中々濃厚な穢れが漂っている。
退魔協会の調査員が危険だと言った手紙らしき古びた和紙は机の上に置かれてアクリルかプラスチックのカバーが乗せられている。
どうやら館長が鑑定する為に出した後、誰も触れなかったらしい。
保管箱に仕舞わなかったって事は、館長はそんな事も気にする余裕もないぐらいに急激に体調を崩したのかな?
それなりな年齢だと言うし、体調が悪くて出歩く気になれなくても、さっさと厄祓いに行った方が良いよ〜。
と言うか。
覗き込んで見たら、出ている手紙だと思った和紙の一つは血判書で、もう一つは手紙だった。
意外な事に、血判書の穢れは凄いけど、こちらに悪霊は憑いていない。
手紙の方には、何やらやたらめったら暗い後悔の念をダダ漏れさせている霊の残滓が憑いているけど。
そんでもって、棚の方にある他の書や箱にもそこそこおどろおどろしい念が染み付いたモノがそこそこある。
「う〜ん、この古書を寄付した卒業生ってヤバい来歴のある古書を集めるのが趣味だったんですか?
随分と物騒な書が多いですが」
仄かに呪詛の気配まであるから、誰かを呪おうとして書いて、結局発動しなかった呪いもある気がするし、恨みや怒りもかなり染み込んでいる物もある。
確かに退魔協会の調査員が選んだのが呪い付きの以外では多分最も危険なやつだったんだろうけど、他のも部屋に置いておいたら十分体調不良を起こしそうなブツが多数ある。
「いや、どこぞの大名家の凄腕家老として代々藩の運営で辣腕を振るった家の子孫で、明治維新の時にも上手い事立ち回って今でもそれなりに世襲政治家として国会に顔を出している一族の人ですよ。
寄贈してくれた方はその一族の歴史の闇を色々と調べるのが趣味だったらしいけど、奥さんが癌になったのでスッパリ辞めて地方で治療をしつつ農業でもすると言ってね。
一族の他の人間も興味がないらしいから、本家の蔵にある古書関係を全部こちらに寄贈して下さったんだ。特に価値がない物は捨てても他の大学や研究者に譲っても構わないと言っていたから、ある意味ブック◯フに売る代わりだったのかも?」
東川さんが言った。
うわぁ。
これだけ怨念が籠っているなら、『歴史の闇』もかなり深かっただろうねぇ。
研究してて本人が平気だったのって……よっぽど特殊体質なのか、とんでも無く強い先祖の守護霊でも憑いているのか。
そこまで守られて居なかった奥さんが、とばっちりを喰らって癌になったんじゃないかね?
「じゃあ、ちょっと私はあちらで書類の整理をしていますね」
私たちの邪魔をしない様にか、東川さんが部屋の反対側にあるテーブルの方へ向かった。
今まで黙って暗い後悔の念をダダ漏れさせている手紙をそれと無くじっと見つめていた碧がそっと寄ってきた。
「なんかこう言うのって、手紙に染み付いている念を使って元の書いた人を呼び出して話を聞くと面白いかもね。
流石に戦国時代の人じゃあ無理だろうけど、幕末とか明治初期だったらまだ呼び出せそうじゃない?」
確かに? でも。
「明治維新の頃に海外へ行って必死に先進国のやり方とか技術を学んで日本を良くしようと頑張った人をその頃の手紙で呼び出すなら興味深そうだけど、幕末から西南戦争ぐらいまでの殺し合いとかに関わって怨みや怒り満載な霊や、終わった後に後悔しまくっている人の話はあまり聞きたくないかなぁ」
ある意味、やる気モリモリで頑張っている人の手紙ってそこまで本人の念が染み付かないんだよねぇ。
不満がある人間の方が念が残って呼び出しやすいのって……なんとも残念。
「確かに、言われてみたらそうだね。
どうもこっちの手紙を出した人はこの血判書での企みがバレない様に手配する役割だった筈なのに、うっかり刺されて寝込んだせいで失敗したみたい。
ぼかした言い方してるけど『死ぬ前に謝りたい』って書いてるし、こっちの血判書の穢れが凄いから、何をしようとしたにせよ、決起は失敗したんだろうねぇ」
碧が言った。
「おお?
これ読めるの?!」
碧の家で見た古書の一部よりは文字っぽいけど、これが読めるとは凄いね!
「過去の技を研究しようと色々頑張ったからね〜。
ウチの父親だったら全部読める可能性が高いと思うけど、この出ているのは比較的新しいみたいで大体読めるかな」
碧が言った。
すげ〜。
どんなやり取りがあるのか、ちょっと解説してもらいたい気もする。でも、古書にうっかり触って破損させちゃったりしたら不味いからね。
取り敢えず、浄化しますか。




