善意の注意と言える……かもね
「閉館手続きが終わるまで、ちょっと待って貰えます?
今お茶を出すから」
指定通りに閉館間際に図書館に行ったら、東川さんにちょっと待ってくれと頼まれた。
「良いですよ。
でも、別に閉館してなくても大丈夫ですよ?
変に大きな音が鳴るとか言う事はない筈ですから」
案内された職員の休憩スペースに行きながら応じる。
「いえ、自分が今日の閉館後の施錠責任者なんで、すいませんが待っていて下さい。
ちなみに日本茶、紅茶、コーヒーの温かいのと冷たいのがありますが、どれが良いですか?」
へぇぇ、カップで飲み物が出る自動販売機が置いてあって、福祉厚生として飲み物がタダなのね。
まあ、オフィスとかにもこう言うのがあるのを見た事はあるけど、大学の図書館にあるとは思わなかった。
教員だと無い気がするけど、個人の研究用に個室が多いからあっちには無いのかな?
少なくとも教授の部屋に質問やレポートの提出に行った際はこう言うのは見ていない。
個室がない分ランクが下と見るべきなのか、飲み物が無料で色々と提供されてこっちの方が扱いが良いと見るべきなのか、微妙なところだね。
「私は冷たい日本茶で」
そろそろ冷たい麦茶が欲しい時期だけど、言わなかったから麦茶は無いんだろう。
「あ、私は暖かい日本茶で」
碧が言った。
意外と碧って暖かい飲み物が好きなんだよね。私は火傷する事が多いからこう言う機械のホットな飲み物は避けるんだけど、碧だったら火傷しても即座に自分で癒せるから構わないのかな?
東川さんがお茶を我々に差し出した。
「はい、どうぞ。
今回は先に相談していたのに、結局退魔協会に依頼する事になって悪かったね」
「いえいえ。
我々としても、どうしても知り合いが退魔協会に頼めなくて困り果てていると言うのでも無い限り、個人的に依頼を受けるのは出来るだけ避けたいので。今回は退魔協会経由での依頼になって喜んでます。
どうやったんですか?」
多分退魔協会の調査員が唆したんだとは思うけど、一応確認しておきたいからね。
「ああ、退魔協会からの調査員の人にちょっと館長の頭の固さを愚痴ったんだけどね。
調査を終えた後に、『これとこれは特に危険ですので、触れるどころか近付かない方が良いですよ』と古書の中にあった手紙2通を引き出してくれたんだ。
それで古書鑑定担当の榎本さんと相談して……彼が無理に頑張らずに、体調を崩したと言って休みをとる事にしたんだ。
お礼状を書く為に不調をおして頑張っていたから、元々限界ギリギリな体調だったし。
で、倒れたって連絡が入ったところで館長に、寄贈のお礼状を書くためには特に重要と思われる資料を鑑定しておく必要があるって言い募って、彼に保管室で問題に手紙の鑑定作業をして貰っていたら、その日の終わりには倒れていた」
東川さんが言った。
やっぱ、それとなく一番危険なのを選別して示す事で唆した感じなんだね。
まあ、それを館長に鑑定させる事で触れる様に仕向けたのは東川さんたち図書館の職員達だから、調査員が完全に黒って訳じゃあないけど。
『危険だから触るな』と警告したのは、悪用するかもと考えていたとしても善意からの注意だと退魔協会側は主張するだろう。
「館長さんは大丈夫ですか?
古書を祓ったら館長さんの霊障が治る可能性は高いですが、あちらに悪霊が取り憑いていたら別途厄祓いが必要だと思いますよ」
怨みとか穢れって意外と柔軟に分裂して取り憑いたり悪事を働いたりするからねぇ。
「今回の事で心を入れ替えて悪霊の存在も信じる!と言っているので、お勧めの神社で厄祓いするよう言ったら多分それをするでしょうし、それでもダメだったら退魔協会に別途依頼を出すと思いますから、大丈夫でしょう。
昔はそれなりに頑張っていたんですが最近は大した仕事をしていなくて、本人もそろそろ引退しようかなんて事も言っていましたし」
東川さんがちょっと冷たく言った。
おやま。
書籍好き仲間から脱落しちゃったのかな?
それとも、元々仲間ですらないトップで、形だけでも頑張っていたからトップとして認めていたのに、それすらやらなくなった上に今回その弊害が露わになったから排除対象になったのか。
まあ、大学の図書館の運営に実害が無ければ内部の争いはどうでも良いけど。
館長が現場に殆ど出てこない役立たずなら、これを機会に辞めてくれると期待した方が良いかもね。
古書ってそれなりにヤバいのもあるから、体力がない高齢者は穢れや悪霊に対する感性が鈍いなら、あまり触れない方が無難だし。
「東川さ〜ん、お待たせしました!」
受付の方から別の職員の呼びかける声が聞こえてきた。
どうやらもう直ぐ問題の古書に取り掛かれそうだ。