初期投資
「なんか大学の図書館に卒業生からどうも怪しくてヤバい古書を寄付されたらしい。司書の東川さんにそれの対処を頼まれそうなんだけど、碧も来る?」
家に帰り、碧に今日の案件の事を話す。
西江妹の呪詛解除の時は身ばれリスクと病院と言う白魔術師が縋られやすい環境を考えて碧は来なかったけど、今回は病院じゃ無いから碧が退魔師だと分かっても極端には問題ない……かも?
「大学が指名依頼を出すの?」
碧がちょっと意外そうに聞いてきた。
指名依頼は割高だからね。
「いや、図書館の館長が退魔師は詐欺師だと思っているタイプらしくて、依頼を出すのを拒否しているんだって。
責任者が反対している場合は退魔協会としてはうっかり不法侵入とかで訴えられたりしたら面倒だからか、組織の他の人間からの依頼も受けないんだってさ。
だから個人として私にお願いできないかって東川さんに言われた」
考えてみたら、大学の学長とか理事会だったら退魔協会とそれなりに付き合いがありそうだから、そこまで話を上げていけば依頼も出せると思うけどね。
それとも図書館の中の保管室って、誰かが倒れるとかしない限り館長の権限下って事で大学の上層部でも口出しできないのかな?
「個人としてはの依頼? 微妙だねぇ」
碧がちょっと嫌そうな顔をした。
「一応報酬の査定が難しいから、それの調査依頼だけでも退魔協会にやって貰う様にしてって東川さんに言っておいた。
客観的な報酬額の査定があれば実際に依頼を受けた後の支払いに関しては東川さんを信頼できると思うけど、金額の見極めは難しいし主観的だからね」
知り合いなんだから値引きできない? とか言われても困るし。第一、自腹を切るとなると、悪霊に憑かれて痛い目に遭った経験のあって退魔協会に依頼を出した事のある東川さんはまだしも、他の司書達が想定している支出額は本人的には痛いけど業界的には全然足りないレベルな可能性が高そう。
「ちゃんと退魔協会経由で値段を決めるなら、顔を出しても大丈夫かな?
なんだったら、自己紹介とかは無しで私は凛の友達って顔で同行するのもありだし」
碧が頷いた。
「そだね。
やっぱ一人で行くのは微妙だから、付き添いっぽい顔で一緒に来てくれると有難いかな」
図書館の人たちは穢れが憑いていたけどそれ程酷くは無かったから、古書に憑いている悪霊もそれ程大した存在じゃあ無いと思うけど、一応もしもの事を考えるとバックアップが一緒にいる方が安心だからね。
それに、下手をしたら閉館後の人気が無い図書館の保管室なんぞに男性と二人きりになる様な状況って微妙だし。
東川さん個人にそんな気がなくても、うっかり悪霊に乗っ取られて襲いかかって来る可能性もゼロでは無い。
勿論撃退出来る自信はあるが、うっかり慌ててやり過ぎた場合にも、碧が居てくれればリカバリーが出来るしね。
私の力は致死性が低いし、やり過ぎてもそれの回復や解除は出来るが、物理的にうっかり力一杯突き飛ばして頭を打たれたり首の骨を折ったなんて事になったら面倒だ。
「そんじゃあ、それでお願い。
退魔協会の調査報告書が来たら連絡するって言っていたから、それからあっちに行く日を決めよう」
取り敢えずは東川さんからの連絡待ちだね。
「そう言えば、アイピローやクッションの製作に関してだけど、メーカーの人がロゴはどうするんですかだって」
碧がタブレットでメールを呼び出しながら言ってきた。
小ロットで製作してくれるノベルティ品製造会社と何社か連絡を取り、良さげな対応をしてくれたところと色々と制作の詳細を詰めているところなんだけど、ロゴかぁ。
一応快適生活ラボの物ですって主張しやすいように、あった方が良いんだろうね。
どんなロゴだって複製は出来るだろうけど、商標登録すれば露骨な模造品はなんらかのアクションを取り易くなるんだろう。
多分。
「やっぱうちらのロゴだったら肉球じゃない?
こないだ源之助が悪戯して墨を足に付けて歩き回った時の足跡を縮小コピーしたらどうかな?」
あれは和紙の上を歩いた後にこたつカバーの上で丸くなって寝ちゃったせいで、結局カバーから墨のシミを落とせなくなっちゃったんだよねぇ。
「良いかも!
……だけど、肉球なんて使っている人が多過ぎて商標として登録できないんじゃない?」
碧が賛成してからちょっと不安げに首を傾げた。
「確かに?
……じゃあ、zzzって眠っている吹き出しでも組み合わせてみたらどうかな?」
クッションもアイピローも寝てる感じがあるからね。
「商標登録をやってくれる弁護士事務所にでも相談しなきゃかな?
ダメだったらまた考えよう」
ちょっと考えた碧が肩を竦めてそれ以上突き詰めるのは諦めた。
まあ、考えても知らないものは分からないよね。
プロに任せよう。
なんか思ったよりも初期投資が多くなってきたけど。