迷惑なトップ
「あ、長谷川さん!」
経営論のレポートを書き終えて、借りた本を返して帰ろうとしたところで司書の東川さんに慌てた声を掛けられた。
おや?
なんか顔色が微妙だね。
またどこかで古戦場やヤバい寺社巡りをしちゃってるのかな?
一応悪霊は憑いていない様だから定期的に厄祓いをしているみたいだけど。
「お久しぶりですね。
最近はどうしてますか?」
ちょっと横の雑談スペースに移動しながら尋ねる。
「新学期始めになんか体調が悪かったんだけど、いつものアレだと思って厄祓いに行かなきゃ〜と思っているうちに何故か勝手に戻ったんだ。風邪だったのかも?
ちなみに、長谷川さんは退魔師として卒業後は働く予定なのかな?」
東川さんが応じた。
学期始めに体調が悪かったとは、誰かに呪われてたのかな? もしくは春休みに遺跡探しに行ってまた悪霊を拾ったか。
どちらにせよ、碧の浄化結界で助かったようだね。私の省エネ結界と違って碧のは呪詛だけでなく悪霊も浄化する仕様だったから、どっちが東川さんの不調の原因だったのかは不明だ。
「そうですね、自分たちのビジネスも細々と始める予定ですが、退魔師としての活動も続けます」
収入比率で言ったら退魔師7アイピロー2お守り1ぐらいな感じになるかな? 収入額で言うならお守りはやめてアイピローに集中する方が経済的だが、神社に来た苦しんでいる人をお守りで助けるのも良い事だし。善行を積むのはカルマ的にプラスだろうから、うっかりマイナスな事をやらかしていた時の為に続けておきたい。
「そうなんだ。実は……ちょっと図書館で問題起きていてね。
助けて貰えないかな?」
東川さんが困った顔をしながら言った。
「どうしたんです?」
「先日、この大学の卒業生から寄贈された古書が運び込まれたんだが……それ以来、それが保管されている部屋に入ると寒気がする様になってね。肩こりや頭痛も酷くなったし。
他の司書にも同じことを言っている人間がいるんで、気のせいではないと思うんだ」
東川さんがため息を吐きながら言った。
そう言えば、確かに何人か司書の人達が穢れ塗れになっているよね。
はっきりと形のある悪霊が取り憑いている訳ではないから気にしていなかったが。
「定期的な厄祓いはお勧めですよ〜。
なんだったら厄祓いまでしなくても、お詣りに行って『いつもお世話になっています、これからも宜しくお願いします』と祈ってくるだけでも多少の効果はありますし」
穢れ程度だったらある程度はそれで清められるだろう。
当たりな、ちゃんとした寺社だったら。
「長谷川さんは現時点でも退魔協会の一員なんだよね?
ちょっとこう、非公式に依頼を請けて貰えないかな?
絶対にあの古書に問題があると思うんだけど、図書館の館長が悪霊なんて気のせいだって主張していてね。司書の有志がお金を集めて自腹で依頼すると言っても、怪しい退魔師なんて言う詐欺師紛いな外部の人間を寄贈された貴重な古書が色々と置いてある保管室に呼び込むなんてとんでもないって強硬に反対していてね」
東川さんが困った様に言ってきた。
おやま。
「もしかして、館長が立ち入りを拒否している場合は依頼は受けられないと退魔協会に言われたんですか?」
ちょっと意外だ。
退魔師の存在を微妙に嘘臭くするのに反対していないんだから、上が信じていない状況で依頼を受けることだって当然あるだろうに。
それとも、本格的に気のせいと言えなくなるまで事態が悪化するのを待つ方が依頼報酬が上がるとでも思って待ち一択だったりするの?
まあ、ただでさえ忙しい退魔師を、『詐欺師を呼ぶなんて』みたいなことを言うお偉いさんがいる場所へ派遣するのも無駄ではあるよね。それよりは、『お願いします、至急来て下さい!』って頼んでくる依頼人の方へ先に退魔師を送りこみ、悪霊の存在を信じていなかったお偉いさんも現実を否定出来なくなるまで待ってからそちらの依頼に対応する方が効率的って考え方もあるのかも。
「下手に組織として対応すると違法侵入とかで訴えられると面倒なので、個人的なやり取りで済ませる事を推奨していると言われちゃって。
待っていればそのうち頭の固い上の人間も現実を否定出来なくなりますよと言われたけど、館長は滅多に資料保管室に行かないから、このままではその前に我々がやられてしまいそうで」
東川さんが頭が痛そうに額を摩りながら言った。
現場に来ないトップに『気のせいなんだ、しっかりしろ!』と無責任に言われても確かに迷惑この上無いだろうねぇ。
とは言え、個人で依頼を受けるのは色々と面倒なんだよなぁ。
「こう、依頼したら幾らになるかの調査依頼だけでもなんとか退魔協会に出せません?
東川さんを信頼していますから、その調査報告書に基づいた依頼料で依頼を受けてこっそり保管室に忍び込んで除霊するのは構いませんが、価格査定だけは退魔協会に任せたいです」
学生だったら司書に頼まれて整理のバイトを短期間だけしているとか、興味がある古書を見せて貰ったとか言う形で、大学図書館の資料保管室に入っていてもなんとか言い抜けられるだろう。
取り敢えず、依頼料金だけでも外部の人間に査定して貰いたい。
「そうですね、その程度だったらなんとかなるかも?!
ちょっと頑張ってみます!」
東川さんが力強く頷いた。
頑張ってね〜。