昔話
「結局、モモちゃんは何が悪かったの?」
モモちゃんと飼い主が去った後、使った部屋の掃除をして家に帰った。ちょっと疲れたので砂糖とミルク多めなロイヤルミルクティーを久しぶりに煮出しながら碧に尋ねる。
「癌だね〜。
まだ転移もして無かったし、比較的楽なケースだったわ」
腕を伸ばして伸びをして背中を左右に伸ばしながら碧が教えてくれた。
確かに午前中のアンコちゃんに比べたら、転移もしてない癌なんて問題箇所を治しちゃえば良いだけだし、楽そう。
「モモちゃんも無事死ぬ前に碧のところまで来れて良かったね。
と言うか、考えてみたらアンコちゃんこそ、碧のところに連れてきて貰えてラッキーだったよね。
あんな治療方法なんて、お医者さんの叔父さんにでも教わったの?」
どこぞの離島に行っちゃった叔父さんがいつ頃まで碧の側にいたのか知らないけど。
「ああ、あれねぇ。
小学生の頃に近所の野良猫が苦しそうだったから助けてあげようと中に居る変な生き物を退治したら、寄生虫の死骸が血栓みたいな感じになっちゃって突然発作っぽく更に苦しんで倒れちゃってね〜。
慌てて叔父の診療所に連れて行ったのよ。
仮死状態にして心臓を切り開いて寄生虫を取り出すだけじゃなくって、私が叔父のところに辿り着くまでの間に血管の中で身体中に散らばっちゃった死骸まで探して取り出さなきゃいけなかったから、めっちゃ大変だった!!」
碧がげっそりした顔で言った。
もしかして、生きている寄生虫は自力でどっかに捕まる感じで心臓や肺に纏まっているんかな?
それが死んだ途端に血流に乗って身体中に巡っちゃってあちこちで血管を塞いだりしたら、確かに悲惨そうだ。
「寄生虫の死骸って放っておいたら勝手に糞として排出されないんだ?」
元々、よっぽど重症化するまでは血管の中で育っていても猫は生きていれたんだし、血管内に寄生虫が居ても即座に致死的な影響がある訳じゃあないし、ちょっと待っている間に排出されれば良いのに。
とは言え、考えてみたら生きている間は排出されずに血管の中で元気に繁殖していたんだから、胃や腸の中に居るのと違って、そう簡単に体外には出て行かないのかな?
「血管内のゴミって必ずしもさっさと排出される訳じゃないから。
だから身体中の血管で異物があるところを切り開いて取り出して、治して、また別の場所を切り開いてって感じで滅茶苦茶大変だった上に時間が掛かって、結局叔父は午後休業する事になったのよ。
まあ、あの頃はもう大手医療機関の嫌がらせで殆ど患者が来てなかったから、実害は無いから気にしないでって言ってくれたけど」
碧が言った。
うわぁ。
「身体中の血管を探して切っては寄生虫を取り出し、治しては別の場所を切ってってかなり大変だしうんざりしそう」
小学生にそれは辛かっただろうに。
いや、でも小学生だったら虫とかがまだ平気だった?
何故かニョロニョロ嫌いって成人するにつれて不思議と悪化するんだよねぇ。
「あれで一気にニョロニョロ系は嫌いになったわね。
でも、叔父としては嫌がらせに対抗して患者も来ない診療所にぼ〜っと1日中居るよりも、命を助ける方がやり甲斐があるって思い直す機会になっちゃったみたいだったのよねぇ。お陰であれのすぐ後ぐらいに離島へ行く準備を始めたの」
ちょっと微妙な表情で碧が言った。
それなりに親しくしていた叔父が遠くへ行ってしまったのは残念だったんだろうけど、嫌がらせのせいで燻っているよりは人を助けたいと言う想いを果たせる場所へ行く方が本人の満足感は高いのだろう。自分が踏ん切りをつける切っ掛けを提供したのもあるし、懐いていた叔父が居なくなってしまうのは寂しくて中々複雑な心境だったんだろうなぁ。
「そう考えると、あの虫除け結界って体内の育っちゃった寄生虫を押し出すのに便利な道具なんだね。
イマイチ売り出せる相手が居ないけど」
碧の魔力で動かしているから、一般人の獣医には渡しても寄生虫退治に活用できない。
「……聖域の雑草を使って、フィラリアの虫を体から排除する為の使い捨てな魔道具として販売出来ないかな?
獣医が使えば、問題無くない?」
碧が首を傾げながら言った。
「どうだろ?
考えてみたら獣医の診療って保険の効かない自由診療だから、飼い主が納得していて効果があるなら何をやってもオッケーなのかも?
碧が死んじゃった後は継続が難しい技術だけど」
実際に効果はあるんだから、原理の説明は厳しいけど使いたがる獣医は居るかも?
「でもまあ、考えてみたら心臓を切り開いてあの寄生虫を取り出す手術を回復師以外がやるのは厳しいかな?
肺から虫を取り出す必要もあるし」
碧が溜め息を吐きながら首を横に振った。
確かに、猫に開胸手術は難しいよね。
しょうがないから、これからも知る人ぞ知るカリスマ祈祷師として人知れずペットの命を救っていくしかないね〜。
これでこの話は終わりです。
明日は休みますが、また明後日からよろしくお願いします。