飼い主の常識
連れてこられた猫はかなり痩せ細った感じで毛艶も悪い、長毛の猫だった。
碧が一緒に来てくれと合図しなかったから、どうやら寄生虫ではないっぽい。
痩せてるし、癌な可能性が高いかな? アレルギーだって食べる端から下痢になっていたら痩せるだろうけど、痩せて毛艶が悪いって癌なイメージだ。
と言うか。
考えてみたら、アレルギーって蕁麻疹が出るとか、肌が痒くなるとか、呼吸困難になるとかってイメージがあるけど猫だと下痢になるんだね? ちょっと不思議。
アレルギーだったら餌の種類を変える程度でなんとか出来ると良いんだけど。
埃やダニに対してアレルギーで下痢になるんだとしたらかなり厳しいけど。流石に鶏肉にアレルギーとか、魚にアレルギーっていう程度な単純なタイプだったら祈祷師に縋る前に飼い主が餌を色々と変えて確認してそうだから、そうなるとアレルギー源の特定が難しそう。
私は猫なら(犬でも)断然短毛種派なので、毛が長いタイプに関しては良く知らないから患者のモモちゃんが雑種なのか純血種なのかも分からないが、祈祷師にでも縋りたいぐらいなのだから、飼い主さんは溺愛しているんだろう。
多分。
手術をするならまだしも、ただの診療だったら獣医さんに行く方がここで祈祷して貰うよりも安い筈だし。
ある意味、癌だったら碧に頼って一発で完治して貰うのってとってもお得だよねぇ。獣医業界にバレたら業務妨害だって訴えられそう。
「モモちゃんは予防接種とかしているんですか?」
碧がモモちゃんを引き取って奥に引っ込み、飼い主(横沢さん)から料金の支払いを受け終えてぼんやりと待っている間に、ちょっと雑談をする事になったのでついでに気になっていたことを聞いてみる事にした。
アレルギーを疑って餌を変えるぐらいのことはしたよね??と聞くのはちょっと失礼かもと思ったし。
「ええ、勿論です!
獣医さんもモモちゃんの下痢は予防接種の副作用や、予防接種した筈の病気が原因では無いようだと言っていましたが……」
不安そうに横沢さんが答えた。
「いえいえ、予防接種が原因だとか、悪いって話ではないですよ!
個人的な話になるんですが、私も猫を飼っているんです。家猫だし予防接種なんて要らないかな〜と去勢手術してから獣医さんに連れて行っていないんで、やっぱやるべきかしらとふと気になっただけなんです」
碧と私がルームシェアしているのは公言していないから、私の飼っている猫だったら予防接種すべきか否かを一般常識に当て嵌めて答えてくれるだろう。
碧の猫だと言って『祈れば良いのでは?』で終わっちゃうと困るからね。
「ああ、そうですか。
外で猫に触れた人間が病原菌や寄生虫の卵を付けて帰ってくる可能性がありますし、何かの事故で怪我をした際に獣医さんに連れて行ってそこで病気に罹ったら困りますからね。
予防接種は重要だと思いますよ」
横沢さんが応じた。
病気だったら碧が何とでも出来るんだけどね。
「ちなみに寄生虫とかの予防はどうしてます?
蚊で罹患するフィラリアとかが危険かもって聞いたことがあるんですが、猫って犬ほどフィラリアの予防接種が一般的じゃないみたいだし」
つうか、予防接種じゃ無いっぽいんだよね。
さっきネットで調べたら、ノミ避けと同じような背中に垂らすスポットタイプらしいから、年に1回獣医のところで注射するよりも頻度が高い。
注射の方が嫌がりそうだから、垂らすだけってマシなのかな?
でも猫って自分に体をかなり念入りに舐めて綺麗にするから、背中に垂らしても全部舐められちゃいそうな気もする。源之助も寝転がっている時とか、背中を舐めている時の様子を見ると、かなりぐるりと首と背骨が回るんだよね。
「フィラリアは掛かったら治せないらしいですからね。
絶対に予防薬の投与は欠かせませんよ!
蚊はマンションでもエレベーターに乗って上がってくる事もありますし、予防した方が絶対に良いと思います」
横沢さんが強く断言した。
そっかぁ。
フィラリアの予防薬もある意味常識らしい?
新井さんはそれを知らなかったっぽいが。
「なるほど。
早速今日帰ったら薬を注文しておきます」
あのニョロニョロは二度と見たくないし。
まあ、普通のだったら碧の虫除け結界で排除されると思うけど、変異したのとか、ちょっと種類が違うのがいたりするかもと思うと、薬の方が予防効果が確実そうだよね。
その後も猫の為に飼い主が出来ることを話していたら、15分ぐらいで碧がモモちゃんと一緒に帰ってきたら。
「はい、どうぞ。
ちなみにモモちゃんの下痢が酷くなってから、獣医さんのところでレントゲンとかCTスキャンとかを撮った事はありますか?」
碧が元気になったモモちゃんを横沢さんに返しながら尋ねた。
「いえ、まだです。
便検査をして、食事を色々と変えてみて、全部思うような結果が出なかったので猫専門の獣医さんにでも掛かってそこら辺を徹底的に調べて貰おうかと思っていた時に知り合いからここのことを聞いて、先に一度試してみようと思いまして……」
横沢さんが答えた。
「そうですか。
取り敢えず良くなったと思いますが、また何か問題が起きたら来て下さい」
碧があっさり頷きながら言った。
どうやら癌かなにか、レントゲンとかに映るタイプの疾患だったらしい。
取り敢えず。
無事に治って良かったね〜。




