ちょっと意思誘導する?
「あの最後の男性、ヤバいぐらいにアイピローに依存してたけど……肉体的に何か問題があったりした?」
取り敢えず話を聞き終わり、魔力の尽きたアイピローを回収して家に帰った私らはアイピローに詰め込んだ符で包んだ聖域の雑草を取り替えていた。
「事務所の人は誰も特に健康上の問題は無かったね〜。
あの最後の高田さんだっけ?もアイピローが販売停止になるかもって聞いた瞬間のパニック以外は特に問題なかったし」
灰色の和紙に描かれた符をそっと広げて中の雑草を取り出しながら碧が答える。
「なんかこう、アイピローがどんな風に役に立ちましたかって聞いたら、あの偏頭痛持ちの山根さん以外はアイピローのお陰で長時間労働しても効率が下がらないで済んで、繁忙期でもまともな時間に仕事が終わって帰れる!って言っていたんだけど、あの男性も結局のところ同じ事を言っていたんだよねぇ」
仕事の効率が全然違う!と男性の熱意の様なものがぐわっと押し寄せて来そうな程に熱が籠った返事だったけど、内容はほぼ他の人と同じだった。何故彼だけああも依存したんだろうか?
「あの人、真面目過ぎて死ぬ程忙しい時でも完璧以外を受け付けないタイプなんじゃないかな?
完璧を求めるから誰よりも長時間労働していたものの、それじゃあどんどん効率が下がるから途中で見切りをつけて帰って睡眠を取らなきゃいけないって言うのが物凄く嫌だったのが、今年はアイピローのお陰で高い効率性を保てたからストレスも少なくて済んでて物凄くハッピーだし、これがない生活なんて想像も出来ないと思うほど依存している、って感じなんじゃない?
柳原さんも、あの男性は真面目過ぎて限界ギリギリな仕事量をいつも自発的に引き受けちゃってそのうち体を壊しそうって心配してたし」
碧が指摘した。
「なるほど、ちょっと強迫性障害に近い完璧主義者なんだね。
こう言う人ってそのうち頑張り過ぎて鬱になりやすい危険性も高いんだろうなぁ」
今年はアイピローのお陰で皆の労働効率が想定外に上がったから比較的まともな時間に事務所の社員全員が帰れているけど、来年は上がった効率をベースにもっと仕事が出来ると言い出して例年通りの残業漬けになりそうな気までするぞ。
「どんなに仕事が山積みになっても効率を下げずに完璧に熟す為の道具として必要って事ね。
ある意味、事務所の繁忙期が終わったら必要無くなる……かなぁ?」
碧がちょっと疑わしげに言った。
「いやぁ、ああ言うタイプは暇な時期は暇な時期で、過去の書類の整理とか事務所の掃除とか、何かやる事を見つけると思う。
まあ、流石に私のアイピローで眼精疲労や頭痛をリセットしなきゃいけない程は忙しくないかもだけど」
流石に事務所の掃除で眼精疲労はないだろう。
うっかりぎっくり腰になる危険性はあるかもだけど。
「だったら、凛が意思誘導で『100%を求めずに95%で手を打って、残りの5%は想定外な事態が起きた様に余力として残す方が効率的だよ』って刷り込んだら?
余力を持って仕事をするのに慣れたら、アイピローにあそこまで依存しなくならない?」
碧が提案した。
確かにそこそこ有能そうな感じだったし、95%で満足する事を覚えれば無理やりアイピローで効率を上げなきゃって強く感じる必要もなくなるかな?
ああ言う強迫性障害一歩手前な真面目タイプに、軽い程度の意思誘導がどの位効くかは不明だけど。
それこそ人格が変わるほど強い意思誘導を焼き付けたら確実に効果が出るだろうが、幾ら本人の為を思って善意で動くにしても人格を変えちゃうのは無しだからねぇ。
時々何か柳原会計事務所とやりとりがある時に事務所を覗いて、この人に埋め込んだ意思誘導が残っているか、確認するようにしようかな?
「そだね〜。
でもまあ、パワーナップ用アイピローは想定外に人気が出そう。1個1万円ぐらいで売り出すので良いかな?
月に100個か150個売るのを上限として、取り敢えずあの事務所だけで20個確実に売れそう。
まあ、暇な時期になったら全員は買わないだろうけど」
考えてみたら、月20万円程度の売り上げじゃあ会員制EC用のサイトを使う費用対効果は微妙かも?
「幾らでも出しそうな人も居たし、材料費もあるんだから1個1万5千円でも良くない?
下手に価値相応と使用者が感じるよりも安く売ると、転売される可能性もあるよ?」
碧が更に攻める値段を提案してきた。
「なんかあそこまで必死になって求められるとそれこそ5万円ぐらいでも出すって言いそうで脅迫している様な気分になるんだけど……まあ、忙しい時期だけだったら毎週1時間マッサージに行く費用の代わりだと思えばありかなぁ?
最大で一月一人1個で会員登録制だから転売はそれほど出来ないと……思いたいね。
ちょっと面と向かっていくら出す?って聞きにくかったんだけど、柳原氏にいくらなら出すか、妥当だと感じる値段の幅を皆から聞き取り調査して貰おう」
あとは兄貴にでもウェブサイト構築の手伝いを頼まなきゃだね。