テスター募集
「パワーナップ用のアイピローのテスター、ですか?」
私が机の上に置いたサンプルを見ながら柳原氏がちょっと首を傾げて聞き返しいてきた。
眠りと眼精疲労に関する効果のあるアイピローの試作品を20個程持って、今日は柳原会計事務所に来ている。やっぱ想定客層の人たちに試して貰わないと販売開始は出来ないからね。
「大学の友人には就職するのではなく起業すると言ってあるんです。
快適生活ラボですね。
退魔師として依頼を受けると公言するのも色々と面倒な事になりかねないので、一般人向けには健康グッズを売っている事にする予定なんです。これはその為の商品のサンプルなんですが、実効性や問題点を確認する為に試用者を必要としていまして」
昔は企業が内定を出す時期にも協定があったらしいが、今ではインターンシップで実質3年の時に内定を出している企業もあるし、一応名目上は10月というルールがあると言う噂だが既に大学の同期でも4月である現時点で内定を貰ったと言っている人数が半数近くになっている。
まあ、まだまだ『取り敢えずゲット』的な内定が多いみたいで、本命な内定を求めて動いている人が多いのだが、少なくとも就職に関して何も決まっていないと言うと既に微妙に憐れんだ目で見られる様になってきた。
なので起業の話もそろそろ本格的に準備しておかないとそれなりに不快な思いをする羽目になりかねないんだよね。
「なるほど。
確かにお守りを納品していると言うよりは快眠グッズを売っていると言う方が聞こえは良いかも知れませんね。
基本的に効果はお守りと同じですか?」
柳原氏が興味深げにアイピローを手に取って聞いてきた。
「いえ、普通の不眠用のお守りと完全に効果が同じ物は特にテストする必要はないと思っているので、今回は持ってきていません。
こちらはパワーナップ用アイピローです。
それをつけて目を瞑って何かに頭を預ければ、ハーブの香りに包まれてストンと眠りにつけます。
20〜30分で起きてもある程度は疲労回復の効果がありますし、頭痛や眼精疲労の緩和効果もある筈です。ただ何分私達は頭痛持ちではないので、そこの効果を実感できないのでテスターが必要なんです」
うっかり柳原氏がアイピローを目に当ててしまわない様に、説明を急ぐ。
「ほう。
眼精疲労や頭痛に効くんですか」
ぐいっと柳原氏が興味に身を乗り出してきた。
「多分?
まあ、電子レンジで濡らしたタオルを温めて目にのせて30分休むのとそれ程効果は違わないかとも思いますが。アイピローを付けて机にうつ伏せになるなりソファに横たわるなりすればストンと休めるので、値段はともかくこちらの方がお手頃かつ効果的だと思います」
極端に効果が強いと医療行為だとイチャモンを付けられかねないし魔力の消費も大きくなるから、効果は比較的ささやかだ。
一応、医療行為でさえ無ければ、符を売ること自体は違法行為では無い。
それによって損害が起きた場合の賠償責任を術師が負うだけだ。
不眠対策の符で損害は生じ得ないから、私のアイピローは退魔協会にバレても嫌味は言われるだろうが違法だと咎められる謂れはない。
筈。
多分。
頭痛や眼精疲労に対する効果だって、元々頭痛そのものをきっちり計測する機械がある訳ではないのだ。
ホットタオルを乗せて30分寝る事で得られる効果と同じだと主張しても、通らなくはないだろう。
実際には私のアイピローの方が効果が高い筈だが、数値化してそれを証明し、更にそれが法で規制される医療行為の範疇であると判定するのは至難の技だから、よほど露骨に医療機関の利益を侵害しない限り邪魔をされることは無いとは思う。
だから。
ひっそり『知る人ぞ知る』程度の売れ筋商品で済ませたいんだよね。
売れすぎたら作るのも大変だし。
「ウチの事務にはどちらにも悩まされている人間が大量に居ますからね。
テスターには最適だと思いますよ!」
どうやら柳原氏も目が疲れているらしい。
まあ、あの目の下の隈を見るに、疲労だけでもかなり重度っぽいからね。
「では各自にこの機密保護契約をサインして貰った上で、テスターをお願いできますか?
問題点や改善点を言っていただけましたらより良い商品に反映されますし、今後も暫くは割引して提供しますよ」
こちら側も、試作品を配るついでに契約書を遵守しようとする意思を少し強化させて貰うつもりだけど。
あと、幾らだったらサブスクサービスで継続購入しようと思うかも聞いておきたい。
ちなみにサブスクで3ヶ月ごとの供給って感じにするつもりだが、90回使用が限度と明記する予定だ。ただ、繰り返し使っているのにそれを認めずに効果が3ヶ月保たなかったとクレームを付けてくる連中にはどう対処するかが問題だよなぁ。
ある意味、一回だけのイチャモンはどうでもいいに等しい。だからクレームをつけたら最後の一回分の費用は返金するけど、二度と売らないって警告する形にしたらどうかな?




