意外と平穏……でも無かった
翌日は幸いにも晴れていた。
霞っぽい薄い雲があるので日差しも強過ぎず、郊外の散策には最適な日和かも?
山の中腹近くで少し涼しいのか、桜がまだ残っていて青い空に映える。
満開をちょっと過ぎたところという感じで、ヒラヒラと落ちてくる花びらが綺麗だ。
「意外と穢れは少ないね」
問題の廃寺に足を踏み入れて、周囲を見回した碧が言った。
「ある意味、おどろおどろし過ぎたら酒を飲んで馬鹿騒ぎする気にもならなかったかも?
代々の住職さんが真面目に亡くなった方達の魂の安寧を祈っていたんだろうね」
まあ、自分たちの一族を祟る悪霊達の墓を鎮める為の寺だもんねぇ。
手抜きしたらそれこそ悪夢に出てきたのかも?
長年の祈りで落ち着いてきたからこそ存続させる切実さも失せて、寺しまいしようと考えたり、安易な手段が断られた後に放置したりしたんだろうね。
小さな寺は入ってすぐにちょっとした広場っぽいスペースがあり、その前に見事な大振りの桜があった。
考えてみたら、この桜の手入れはどうしていたんだろ?
桜が綺麗だから、一応年に一度ぐらいは庭師の人を寄越していたのかな?
流石に加害者一族の子孫がここに集まってお花見をする程能天気だったとは思えないけど。
境内に入るとちょっとピリッとした感覚があったが、術師じゃなかったら霊の警告と言うよりは単にお寺の中だから自分が身を正そうと感じたんだろうと流しそうだ。
身を正すと言う思いをキープしていれば良かったのに、酒が入って最初の印象を忘れてやらかしたんだから、色々と悪いことが重なったと言えるのかも。
「と言うか、誰かが死にそうな程の祟りが出てる悪霊の本拠地って印象じゃないね。
怒った霊が皆祟ってる先に出てっちゃって留守なのかな?」
碧が周囲を見回しながら首を傾げた。
「う〜ん、その場合、やらかして祟られた被害者を各自祓っていったらそれで実質終わり?
流石に祓われた霊が天からまたこっちに戻ってきたりしないよね?」
まあ、祓った人間の腕が悪くて祟られた人から追い出すだけでちゃんと昇天させて無かったらここに帰ってくる可能性もゼロでは無いが、流石に退魔協会から派遣された退魔師がそれは無いよね?
第一、協力しているっていう地元の名士っぽい退魔師の一族って、安易に悪霊を被害者から追い払うだけで済ますと代わりに自分達が祟られかねない立場なんだし。
「まあ、多少は穢れを感じるし、まずは本堂を調べて、特に問題がなかったら墓地の方を清めれば良いかな?」
周囲を見回して、碧が本堂の方へ歩き始めた。
「そう言えば、お花見は外でやったんだよね?
本堂でもやらかしたって聞いたけど、入り口を壊して入ったのかな?」
酔っ払ったと言っても本堂に押し入るなんて、どんだけ酒癖が悪いんだって気もするが。
鳥居を建てる事でゴミ捨てが減る日本人なんだから、ある意味酔っ払っても本堂で暴れるのは避けそうな気がするが。
「本堂の裏にあるトイレを開放していたらしいよ。
そんでもって酔っ払いがトイレの帰りに間違って本堂に入って、なんか学生時代の合宿を思い出して悪戯し始めたらしい」
碧が言った。
昨日私が大学に行っている間に、送られてきた資料をしっかり読み込んだ上で遠藤氏に連絡して追加の情報をゲットしたのかな?
まあ、それはさておき。
そう言えばお寺って近所の学校の合宿とかに使われる事があるんだっけ?
昔は台風とか地震とかの非常時の避難先として使われる事があったから寝具とかも揃えているしと言う事で、それを子供の部活に活用させてたんだろうね。
と言うか、今でもお寺や神社って緊急避難先として使われるのかね?
公式な避難先は学校とかが多いだろうとは思うけど、土砂崩れとか川の氾濫とかで家に住めなくなった人を一時的に受け入れたりはしそう?
そのせいで子供の遊びを思い出して酔っ払いが悪戯をするんじゃ住職さんもやってらんないってところだろうが。ここは住職も居ないからこそ色々問題が起きたんだろうね。
そう思いながら奥の本堂へ近づき、碧が鍵を開けた裏の扉の中を覗き込んだ。
「うわぁ〜。
こっちは凄いね」
怒りが渦巻いて穢れになってる。
一体何をやらかしたんだろ??