繋がり
退魔協会からの電話は、いつもの通りに遠藤氏だった。
「まだ学年の始めで色々と落ち着いてないんですが」
碧が遠藤氏に告げる。
まだ碧も私も受ける講義が最終確定していないんだよね。
一応申し込みが多過ぎて抽選になるような講義は私も碧も選んでいない筈だが、下手をすると人気があり過ぎた講義から学生が流れてきたせいで想定外な抽選になる可能性はゼロではない。
実際に抽選で外れた人が流れ込んだせいで二次抽選になる場合は最初から申し込んでいた生徒は抽選の対象にはならないが、『抽選になるかも』と言う噂が流れたせいでそれを避けようと他の講義にスイッチした人が多くて一次抽選になった場合は最初から申し込んでいた生徒も巻き込まれるのだ。
なので全ての講義を申し込んだ際に抽選で外れた場合の代替講義を書き込まねばならず、そう言うのがどうなったかの知らせが来た後にどうしても納得いかなかった場合は抽選が無い講義へ限ってだが最後にもう一度だけ変更が可能になっている。
まだ講義の抽選結果に関する全部の知らせが来ていないから、もう暫くはちょっとドキドキしながら待ち状態なのだ。
『申し訳ございません。
ただ、緊急で大量の悪霊祓いが必要になった事件がおきまして』
遠藤氏が済まなそうに言ってきた。
「またどっかの政治家のスタンドプレーに対応するための経路クリーンアップですか?
まだ国会もやっている最中みたいですし、偶にはスタンドプレーは後にしろと言ってやってはどうですかね?」
大学に行かない日なんかに10時ごろにテレビをつけると最近は1日おきぐらいに国会で政治家がうんだかんだとモソモソ偉そうにお互いを責めたりヨイショしたりしているのを見かけるから、まだ国会をやっている最中だと思われる。
だとしたら国会議員は東京で大人しく政治に関して議論するなり、議論を深める為にリサーチするなりしているべきでしょう。
県議会議員の議会開催がいつなのかは知らないが、そっちは退魔協会がヘコヘコしなきゃいけない程の相手じゃないと思うし、私ら的にはどこぞの関係ない地方の政治家が騒いだところで『知らんがな』ってやつだ。
『いえ、今回はとある大企業の幹部と新入社員と彼らを迎えた各部署の人員なのです。
お花見と歓迎会を合わせて4月の第二週にやると創業者一族出身の専務が決めたとかで、花が咲く時期がズレる可能性を考慮してあちこちの場所を押さえていた結果、偶然ちょっと山の方にある廃寺になってしまったようなんです』
遠藤氏が何やらお花見幹事の悲哀について話し始めた。
『幹部たちは挨拶をして食事を食べたら比較的早く帰ったそうなのですが、新入社員と彼らを歓迎したヒラや中間管理職の社員たちの一部が酒に酔って古いお寺や墓地でやっちゃいけない事をやりまくってしまったらしく。
元々10年以上前に霊を鎮める為に祀る行為が途絶えていて地元では近付かない方が良いと言われていた場所だったせいで、早く帰った幹部たちも軽く祟られて不調だったのですが、やらかした若いのは……何人かがそろそろ命が危うい状態になってしまっているんです』
遠藤氏がどこぞの大企業が何故かやらかした内容を説明し続ける。
いや、説明じゃあないね。何が起きたかは言っているけど、なんだってそんなアホなことをしたかはイマイチ不明だから、説明としては失格だよね。
お偉いさんがどうしても日程に何か強い拘りがあったせいで、その時に開花している桜がある場所を押さえようと担当者に無理をさせた結果、やばい所を選んじゃったって話なのかな?
どこぞの大国のトップがとち狂っていい加減な計算で滅茶苦茶な関税を言い出したせいで全世界の株価や債券価格が暴落したり、『やっぱ暫く延期』と言い出したせいで暴騰したと思ったら『でもやはりコイツはやらかしそう』と市場が悲観して再度暴落したりと滅茶苦茶になっている時に、歓迎会なんぞで社員が軒並みダウンする余裕なんてどこの会社にも無いんじゃない??
仕事を請けるにしても請けないにしても、会社名を聞いておいてうっかりそこの株に投資しちゃったりしないように気をつけないとだね。
まあ、老後の為の貯蓄は重要とは言っても、個別の株を買うのって価格変動が精神的にストレスになりそうだから、適当な投信を選ぶことになると最近は思ってるんだけどね。だからやばい会社でも大企業だったら投資先として避けられないかも。
「人数が多いから私たちも駆り出そうと言う話ですか?」
碧が尋ねる。
『いえ、地域の退魔師の一族の方々にご協力をいただいてなんとか人海作戦的に祓っていけそうなのですが、その一族の当主の方から協力する見返りとして、その廃寺をしっかり清めて欲しいと要求されまして』
遠藤氏が答えた。
うん??
「その当主がやれば良いのでは?」
幾ら退魔協会がタダ働きやボランティアにいい顔をしないとは言え、地域の名士が地元の廃寺を清めるのに表立って反対はしないでしょうに。
『どうもその寺で鎮める為に祀られていた武家はその当主の一族と敵対的な相手だったらしく、かの一族の人間が清めるのが非常に難しいらしいのです。
ですから依頼費を問題の企業側が出しますので、快適生活ラボさんにその廃寺と墓地を清めて頂けると大変助かるのですが……』
ちょっと困った様に遠藤氏が言った。
もしかして、祟っている悪霊の大元を殺したのがその名士(多分?)の先祖?
でも鎮める為の寺があったんだったら、そこが廃寺にならない様にちゃんと資金を提供しておけば良かったのに。
イマイチ話が見えないけど、取り敢えず腕の良い退魔師を退魔協会に紹介して貰って依頼を受けさせる良い機会だと利用したのかね?
「どうする?」
電話をミュートにして碧に尋ねる。
鎮める為に寺に祀られたような悪霊の清めとなったら碧がかなり頑張ることになるだろう。
「まあ、しょうがないかな。
ちょっと聞いたことがあるお寺かもだし、請けよう」
碧が溜め息を吐きながら言った。
おや?
諏訪神社ともなにか関係があるお寺なのかね?