ドロドロしてない呪詛?
『明日の午前中は母が美容院に行く予定だから、その時に来て欲しい』
いつ行けば良いか確認する為に西江に電話したら、そう言われた。
「了解。ちなみに、退魔協会の調査員が来る時はどうしたの?」
結局退魔協会の料金を払うので、母親に温泉旅行をプレゼントするのは止めたらしいが。
まあ、あれは神社へ妹さんを連れ込む場合のアイディアだったからね。
調査員はそこまで時間が掛からなかっただろうが、それでも赤の他人が見舞いに来たら怪しまれそう。
『病院の看護師の格好をして来ていたから、特に何かしなければならないと言うのは無かったぞ?』
知らないの?と言いたげな口調で言われた。
え〜?
退魔協会の調査員って病院だと看護師のふりをして調べに来るの??
まあ、考えてみたら呪詛も悪霊憑きも退魔協会に頼むほど重度な場合は病院の入院している可能性が高いから、家族の誰かが反対していた場合は看護師のフリはいい偽装だろうけど。
そんなことを退魔協会の職員がするとはちょっと意外だ。
病院側には知らせておくのかね、それとも素知らぬふりをして忙しげに動いていたら何も言われないのかな?
大きな病院だったら看護師全員が顔見知りではなくても不思議は無いだろう。
小さな所だったりしたら清掃係みたいな格好で入るのかな?
そっちの方が更に見知らぬ人でも見咎められなさそうだ。代わりに、患者や家族に話しかけていたら注意されそうだけど。
まあ、どうでもいい事だね。
「じゃあ、明日の朝に」
◆◆◆◆
西江の妹さんは長期入院のせいか色白の、かなりな美人さんだった。
綺麗だったと言う母親似なのかな? 父親も顔が整っていたらしいけど。
呪詛は2箇所へリンクしているから、明らかに誰かが転嫁先に設置されている。
考えてみたら、呪詛を返して健康になって退院したら……西江の母親はまた家に帰って来た姪で養子の娘(養子縁組しているのか知らないけど)にキツく当たるんかね?
母親が呪詛を掛けた本人だったら呪詛返しで入院かそれ以上に体調を崩すだろうからそちらの心配は要らないが、違った場合は下手をしたら呪詛で辛くても入院している方が良かったなんて事になりかねない気もするが、西江はちゃんと責任を取って妹の事を守れるんかね。
妹さん本人はまだ成人していないから、どれ程後見人と折り合いが悪くても公的機関に虐待を認定して貰えない限り、西江家を出る訳にもいかないだろうに。
そう言えば、妹さんの実親の遺産はどうなったんだろ?
貯蓄とかが大してなくても生命保険とか、交通事故の被害者ならば加害者からの賠償金とかもありそうだが。
考えてみたら、入院費用に使われちゃっている可能性も高いかな?
個室に入っているからそれなりな差額ベッド代が毎月掛かっているだろうし、実親からの遺産を後見人として西江の親が医療費の支払いに使っても不当では無いだろう。
入院する羽目になったのが養い親のどちらかが掛けた呪詛のせいだったらマッチポンプで正当性がかなり失われるけど。
まあ、私が出来ることは依頼通りに呪詛を返すだけだ。
何やら物珍しげに、微かな興奮も含めてこちらを注視している西江がちょっと気になるが、金を出している相手なのだから黙って見ている程度だったら出て行けとも言い難い。
さっさと呪詛を返しちゃおう。
西江が本当にこの呪詛返しの影響を理解した上で依頼を出していると良いんだけどねぇ。後悔先に立たずって言うけど、呪詛返しはマジで取り止めが出来ないから。
まあ誰が掛けたのであれ、子供に呪詛なんぞ掛けた方が悪いんだから、後悔するにしても西江の行動は正しいと思うけどさ!
「こんにちは。
西江君も言っていたと思うけど、どうも貴女は呪われているみたいなの。
それを解除するから、明日からは楽になっていくと思うわ」
妹さんに声をかける。
呪詛を『返す』から楽になると言うと同時期に倒れた相手が自分を呪っていたと分かるし、その人物が死んだ場合に自分が苦しいのを我慢すれば良かったのかもと思う可能性もゼロでは無いので、言い方を少し工夫する。
「直ぐに楽にはならないのか?」
西江が意外そうに聞いて来た。
「呪詛で傷んだ体の細胞は原因が無くなったからって即座に元の健康な状態に戻る訳じゃないからね。
でも、普通に健康な状態には戻ろうとする力が強く働くから、数日で昔の健康な状態に戻ると思うわよ」
呪詛返しをすると、腎臓や肝臓みたいな一度壊れたら治らない事が多い器官もかなり早く元に戻るんだよねぇ。
とは言え、碧が助けるんじゃ無い限り、呪詛返しした瞬間に健康な状態に戻る訳では無いが。
普通の病気が治療薬で治る場合よりもずっと早いらしいので、返された相手の生体エネルギーでも受け取って破損した細胞が時間を戻すかのように健康になるのかも?
まあ、それはさておき。
さっさと終わらせて帰ろう。
それっぽい呪文を唱えながらそっと呪詛に触れて、転嫁のリンクを外して元の呪い主の方へ呪詛を返す。
特にドロドロな感情が伴っている訳では無かった。プロに頼んで掛けたにしても、呪詛の依頼主が呪詛返しを受ける場合だと自分で『呪う』行動が必要だから、本人の憎しみとか怒りの感情が染み込んでいる事も多いんだけど、妹さんに掛けられている呪詛には特に感情が付随していない。
なんだって呪詛なんぞ掛けたのか、マジで不明だわ。
誰が呪詛返しで倒れるのか、聞きたい気もするが聞きたく無い気もしないでもないなぁ……。
後日、西江が自分から教えてくれたら聞くけど、こちらから尋ねるのは辞めておこう。