覚悟
「ちょっと良いかな?」
先日の呪詛返しをしてあげた准教授の授業に出て、終わったのでランチに行こうとノートを鞄に入れていたら突然横から声を掛けられた。
うん?
まだノートを貸してくれと言われるには早いと思うし、今日の授業はまだ出だしの基本部分だから周囲の誰かに聞かなきゃいけない様なことは無かったと思うけど。
「なに?」
ナンパにしてはなんか難しい顔をしてるから、そっちも無いと思うんだが。
「先週、あの先生の肩に触れて祓っていただろ?
あれについてちょっと相談したい事があるんだけど、お昼を奢るから時間を割いて貰えないかな?」
居心地悪げに体重を両足の間で動かしながら若い男性が言ってきた。
へぇぇ?
もしかして、呪詛返しをしたのが視えたのかな?
相談ってことは『自分も呪詛が見えるから退魔師になりたいので弟子にしてくれ』か、もしくは『知り合いが呪われてるから祓ってくれ』かな?
なんか超常の術を学びたい!って感じの明るい楽観的な雰囲気ではない、ちょっと疲れて気難しげな顔をしている。知り合いが呪われてる方っぽい気がするな〜。
当たりな神社を教えるだけでタダ飯にありつけるなら、付き合いましょう。誰かが呪われているなら可哀想だし。
「良いわよ。
どこに行く?」
ちょうどもうランチだし、その後のコマは授業を受ける予定は無いから時間的余裕もある。
「……カラオケでもいいかな?
最近は中々美味しいパスタとかホットサンドがあるから」
ちょっと困った様な顔で躊躇した後、相手が言った。
どうやら個室がある様な高級路線の店に入る気はないらしい。
まあ、ここら辺は学生街だからね。
個室がある様な店はかなり高くなる。
ちょっと高級路線な焼肉屋が一番値段的にはお手頃に個室があるが、場合によっては個室ではなく通路席になる。それを考えるとカラオケが一番無難にプライバシーを確保できると言う判断は間違いではないだろう。
「良いわよ。
その代わり、デザートまで行くわよ?」
確か、駅前のカラオケは中々スイーツが充実していた筈。
「勿論だ」
微妙に痛そうな顔をしたものの、男性(西江と言う名前だと学生証を見せられた)は頷いた。
◆◆◆◆
「先週、先生の周りに漂っていたあの黒いモヤって呪いだよな?
どうも、妹が呪われているんだ。
祓って貰えないかな?」
カラオケに入り、昼食をオーダーしたところで西江が説明を始めた。
うん、やっぱ自分が退魔師になりたい系じゃあ無かったね。
「大抵の呪詛なら、ちゃんとした神社に行って厄祓いをして貰えば返せるわよ?
ここらだったら……隣駅の神社が良いんじゃないかしら」
取り敢えず、退魔師を正式に雇ったら高いんだよと言う事実は指摘せずに、一番安上がりな選択肢を教える。
まさか私に昼食代だけで呪詛を祓えと言っている訳では無いだろう。
無いよね??
「いや、妹はずっと体調が悪くて入院しているから病院から出られないんだ」
西江が困った様に答えた。
「病院にいるなら車椅子を借りられるでしょ?
と言うか、妹だったらお姫様抱っこなり、おんぶなりでタクシーまで連れて行きなさいよ。
それが一番楽よ?」
車椅子を一緒に乗せられるタクシーとなると、多分介護用の大きなのを呼ばなきゃいけないから高くつくだろう。入院するぐらい痩せ細った若い女性なら抱えて動かすのが一番お手軽だ。
「母が、呪いなんて信じてない人なんだ。
べったり妹に付き添っているから連れ出すのも無理だと思う」
西江が困った様に告げた。
善意なつもりの無能な家族って迷惑だよねぇ。
「妹さんは病院に入院しているんでしょ?
だったら介護で色々大変なお母さんへの労りってことで母の日のプレゼントがわりに一泊二日の温泉旅行でもプレゼントして、いない間に連れ出せば良いじゃ無い」
温泉旅行の方が、退魔師より安い。
厄祓いと合わさって段々予算が上がってきているが、それでも退魔師を雇うよりは安いよ?
と言うか、長期入院するような呪詛だったら、病院側の白魔術師に診て貰えないのかね?
順番待ちが長いにしても、何年も入院しているならいつかは診てもらえそうなもんだけど。
白魔術師が居ない病院なのかな?
「……温泉旅行なんて、妹がいるのにとんでも無いって言うんじゃないかな。
体の弱い悲劇の娘の面倒を見る自分って言うのが好きな母だから、温泉旅行じゃあ悲劇的なイメージを壊すと思って断固拒否するかも?」
西江がなんかかなり酷いことを言った。
「え??
妹さんが大切だからじゃなくて、面倒を見る自分が好きだからべったり付き添っているの??」
世間一般的に、病気な人の付き添いとか面倒を見るのって疲れる重労働だと思ったんだけど。
でもまあ、大学生の息子が娘を連れ出せないぐらいずっと一緒に居るってことは、専業主婦か。
だとしたら一緒に病室にいて座っている程度では疲れないかな?
退屈そうな気はするけど。
なんか子供に毒を盛ったり病気の治療に必要な薬をすり替えたりして具合を悪くさせて、その世話に尽くす自分に周囲が同情するのを喜んで自己陶酔するような感じの虐待の一種って海外ドラマで見た気がする。
ミュンヒハウゼン病?症候群? なんかそんな名前だったよね。
「妹は実際は従姉妹なんだ。
母親の妹の娘で、両親が交通事故で亡くなって他に面倒を見ると言う親戚が居なかったからうちで引き取ったんだけど、元々母と叔母さんって仲が悪かったせいか妹が来た時も両親を亡くしたばかりだったのにかなり邪険だった。
なのに入院して看護師さんとかに献身的ですね〜って褒められてから途端にべったり親切になったんだ。
妹の病気が治ったらまた邪険にされるかもだけど、呪いは祓った方が良いだろう??」
西江が困った様に言う。
それってさぁ。
下手したら、お母さんが呪いを掛けてない?
長期入院する様な呪いが返ってきたら、多分お母さん死んじゃうよ?
まあ、仲が悪い妹の娘を呪いで長期入院させる様な母親なんぞ、居ない方が良いかもだけど。
そこら辺、どの位覚悟があるのかな?