誰が払うのか
「ちょっと予定より上の階だけど、そのヤクザの息子が居たっていう五階まで行ってみない?
中国マフィア系の人も死んでるならそっちの地縛霊もいるかもだし」
碧に提案する。
「そうだね。
とは言っても、マフィアとかヤクザなんて殺し殺されが日常な職業なんだろうから、死ぬ事を覚悟していてさっさと成仏しそうなもんだけど」
碧がため息を吐きながら背を伸ばした。
「だねぇ。
第一、ドンパチやったのがリーマンショックの後ぐらいみたいだから、随分と昔に霊になっているよね。
今まで問題にならなかったのかね?」
非常階段とゴミ捨て場はまだしも、あのエレベーターの霊はそれなりに差し支えると思うけど。
「不思議と賃借人が居付かない物件って何年単位の話だったんだろうね?」
碧も首を傾げながら言った。
この霊を成仏させる前に確認してみるかな?
「死んでからずっとここにこんな感じで居たの?」
霊に尋ねる。
誰かが自殺して新たに地縛霊になったとか、魔力をダダ漏れさせてる才能持ちが引っ越して来たとかで活性化したのかね?
『アイツらの同胞が来たんだ。
若の部屋に入るなんて、許さん!』
何やら怒り心頭な感じのコメントが返って来た。
情報をもう少し読み取って、思わずため息が漏れた。
「なんか、その離婚した母親と息子が住んでいた部屋が何人かの手を経た後に、どうも中国人投資家に買い取られたっぽい?
で、中国人留学生に貸し出す用にしたみたいで、どうも中国人が住み初めてから霊達が変な風に襲撃事件のことを思い出して活性化しちゃったみたい」
普通にヤクザの闘争で死んだ人間として清められはせずとも大人しく寝ていたのが、中途半端に時間が過ぎていたせいで実際に襲撃の後ろにいた中国人マフィアと全然関係ない(多分)投資家と留学生なのに、『中国人』ってだけで『敵』認定しちゃって憤慨しているようだ。
もしかしたらその留学生は霊障に恐れをなして引っ越したんじゃない? 自由に他の部屋を借りるだけのお金がなかった場合はノイローゼになっているかも?
いや、アパートじゃなくてマンションに住める時点で多分それなりに金持ちな中国人だよね。
今じゃああの国の富裕層は日本の一般市民をぶっちぎって裕福らしいし、留学してマンションに住む時点で貧乏苦学生じゃないだろう。
「中国人が『若』の住んで居た部屋に引っ越して来たから活性化したって言うなら、その中国マフィア側は多分活性化してないよね。
まあ、一応五階まで行こうか」
碧が言った。
「だね〜」
今だに憤慨しているヤクザの地縛霊をサクッと昇天させて、階段を再び登り始める。
良い感じに休みになったかな?
階段を登るのは慣れているけど、五階分を一気に登ると流石に息が切れるんだよね。
「うん、どうやら共用部は大丈夫みたいね」
五階に辿り着き、非常階段から廊下の方へ入る扉を開けて覗き込んだ碧が言った。
「だね。
……部屋にも居ないっぽい」
確か襲撃された母子の住んでいた部屋は階段に一番近い501号室だった筈。
目に魔力を集め、魔力視で部屋の中を覗いてみたところそこにも地縛霊は居なかった。
これなら留学生の人も、エレベーターとゴミ捨て場で悪寒がするだけで済んでるのかも?
とは言え。
少年の部屋で誰も死ななかったなんて、意外。
最終目的地ではなく、脱出する途中で階段とゴミ置き場とエレベーターで死んでるって……ある意味、部屋に篭っていた方が良かったんじゃない?
と言うか、考えてみたらなんでヤクザの護衛がゴミ捨て場で死んでたんだろ?
他のところで襲われてゴミ捨て場に隠されている間に出血多量で死んだのか、それとも共用部の見回りをしている間に不意打ちを喰らったのか。
詳しく襲撃の流れを確認できたらそれなりにドラマチックだったんだろうけど、まあ関係ないね。
「なんかさぁ、こう言う共用部で悪霊祓いが必要な場合って誰が費用を負担するんだろ?
普通の住民が多い管理組合じゃあ退魔師や地縛霊の存在なんて信じてない人が、そんな詐欺モドキに金を出すなんてあり得ない!って支払いを拒否しそうだけど」
「う〜ん、どうなんだろうね?
まあ、青木さんが管理している部屋だって被害を受けてるから、諦めて彼のところが払うのかも?
もしくは、それこそ死んだヤクザの組がまだ残っているならそこに交渉するのかもだけど」
碧が言った。
「その可能性があるのか。
その組が襲撃事件を隠蔽したんだとしたら、今更『お宅の組の人達が地縛霊になっていて迷惑なんですけど』なんて言っても無視されそうだけど」
仲間とか部下の冥福の為を支払ってくれるんかね?
まあ、そこら辺は青木氏の判断だね。