臭い!
「お久しぶりです」
車で迎えに来てくれた青木氏に挨拶する。
最近は寒くて出歩きたくないから、あまり青木氏の不動産屋にある猫部屋にも遊びに行ってないんだよねぇ。
秋にどこぞの車の下で見つかった子猫が迎えられたと聞いたから、その仔が成猫になっちゃう(もしくは誰かに引き取られる)前に一度遊びに行こうとは思っているんだけど。
「今日はありがとう。
露骨に事故物件だと思われるところと、部屋で誰かが亡くなった履歴はない筈なんだけど何故か賃借人が居付かないところと、幾つか確認して貰いたくてね〜」
運転席から手を上げながら青木氏が言った。
「事故物件じゃ無くても賃借人が居付かないなんて、どう言う原因があるんです?」
碧が座席に座りながら尋ねた。
「1箇所はちゃんと換気をしていなかったのか、カビが酷過ぎるんですよ。
あそこはちょっと壁紙を全部変えても臭いが取れるか不明だから、ある意味霊障であって欲しいぐらいですね。
霊障なら祓えばなんとかなるけど、日当たりや換気や設計の問題だったらあそこは厳しいかなぁ……」
青木氏が溜息を吐きながら言った。
「そんなカビだらけな物件なんて手を出さなければ良かったのでは?」
まあ、自分の物件じゃなくて持ち主からの依頼だったらどうしようもないんだろうけど。
「知り合いがどうしても処分しなくちゃならないって土下座する勢いでほぼただで押し付けてきたんで、逃げられなかったんですよ」
エンジンを掛けながら青木氏が深く息を吐いた。
不動産屋って言うのは人の縁とか義理に弱いんだろうね。
とは言え、不動産って持っているだけで税金が掛かるんだから、ほぼただで押し付けられてもそのまま放置する訳にはいかないのだろう。
マジで一回の支払いで(私らと合わせると二回か)済む霊障であってくれって祈ってそう。
却って日当たりや風通しが悪いとか、水道管から水漏れがあるとか、露骨じゃ無い原因だった場合はそれを探すのだけでめっちゃ時間が掛かりそう。
ご愁傷様です。
「そのカビ物件の他は?」
碧が続きを促す。
「もう1箇所は特に問題がある訳でも無さげだし、調べた範囲では誰も亡くなっていない筈なのに賃借人が居付かない不思議な物件。
最後の1箇所は敷地に入って玄関に近づくだけで鳥肌が体中に出るヤバそうな物件ですね〜。
最後のはもうお二人に頼まずに直接退魔協会に依頼を出しちゃって良いかもと思ったんだけど、まあついでだから一緒に視てもらおうと言う事で」
青木氏がウィンカーを出して曲がりながら言った。
へぇぇ。
玄関に近づくだけで鳥肌とは凄いね。
敷地内全部を『家』の範囲と認識される戸建てと違って、アパートとかマンションって意外と玄関がしっかりと境界として役目を果たしていて、玄関を開けなければ霊障を感じない事も多いんだけど。
まあ、酷いのは階段からでも感じる事もあるから一概には言えないけどさ。
……いや、この言い方だとマンションじゃ無くて戸建てなのかな? 行けば分かるから取り敢えずはどうでも良いけど。
と言う事で、最初に来たのが『カビ臭い』との部屋。
アパートの2階で東と北向きな角部屋だが、残念な事に東側にかなり近いところに四階建てのマンションが建っているせいで日当たりは悪そう。実質北向きな部屋だね。
一応角部屋だから両方の窓を開ければ風通しは良くできそうなもんだけど。
新しく建てる最近のマンションなんかだと窓の向きをお洒落な感じに斜めにしたりして近くの建物の住民とバッタリ窓越しに目があったりしない様に工夫する様だが、このアパートは後から建てた際に単に東向きの窓を小さくすると言う微妙な対処方法を取った様だ。
考えてみたら、以前読んだ本で絵を描く人なんかは直射日光の入らない北向きの窓の部屋を好むって書いてあったけど、ここもそれこそちゃんと換気をした後に芸大生にでも売り込んだらどうかね?
少なくとも普通に実質北向きな部屋を貸そうとするよりは良さげな気がするが。
まあ、ここら辺に芸術系の大学があるのか知らないけど。
それに何よりもまず、カビ臭いのを何とかしないとだね。
油絵をやると絵の具を溶かす溶液の臭いがきついらしいから、そっちがカビの臭いを駆逐するかも?
湿気ちゃう部屋なら換気用の設備を設置したら油絵を描きたい人に人気が出るかもだし。
まずは霊障があるか否かだけど。
近くの駐車場に車を停めているから終わったら電話をくれと言われ、青木氏から部屋の鍵を受け取って車から降りる。
最近は私らを信用してなのか、霊障が嫌なのか、青木氏が一緒に部屋に来なくなったなぁ。
まあ、どうせ来ても玄関を開けた後は遠慮して貰うんで同行しなくて良いんだけど。
と言う事で玄関を開ける。
「「臭!!!」」
思わず私と碧とで声が合った。
マジでカビ臭いんだけど!!!




