やらない方が良いか
「お帰り〜。
SOSの連絡が無かったって事は比較的マトモな相手だったの?」
拓海氏との食事を終え、家に帰ってきた私へリビングで源之助をブラッシングしていた碧が声をかけてきた。
「本人はちょっと上から目線なもののそこまで酷くないかもだけど……才能持ちな子が欲しいから子供を最低二人、出来れば三人産んでくれる契約結婚相手を探しているんだって」
碧が目を丸くして顔を上げた。
「前妻が残して逝った子の面倒を見るのでなく、パーティで社交の手伝いをするのでもなく、ガッツリ産め?
しかも最低二人?!」
びっくりしてちょっと声が大きくなった碧の手を迷惑そうな源之助の尻尾がピシリと叩いた。
ブラッシングを継続するか、せめて静かにせよと言うところかな?
着替えて洗顔し、リビング(と言うか正確には隣の和室)の炬燵に寝転がりながら拓海氏の話を碧に聞かせた。
「うわぁ、自分が好きな相手と恋愛結婚して、一人しか産まなせなかった子供が才能持ちじゃ無かったから息子にお前は失敗作だったからそれを挽回するために才能持ちの子をゲットしろって??
酷いね。
大澤家ってどこの一族だろ?
もしもお見合いの話が親戚に来てたら義理の父親がヤバいよって伝えるように母親に言っておこうかなぁ」
碧がうげ〜と言う顔をした。
そう言えば、才能持ちな子供が欲しくて手当たり次第に退魔師やその才能がある女性とお見合いしているなら、諏訪の藤山一族にも声が掛かる可能性は高いよね。
「なんかさぁ、以前の昇進祝いパーティの時に会った御坊ちゃまの家もだけど、退魔師の旧家ってどこも才能持ちの子供を産んでくれる女性募集中って感じだね。
今時複数の子供を産むのが大前提なお見合いなんて、受ける女性が少なそうだけど退魔師業界だと違うの?」
一人っ子がかなり多い時代なのに、最低二人出来れば三人はなんて嫌がる女性が多そう。
現実的な話として、妊娠して出産って乳母を金で雇えるから保育園の空き待ちをしなくても済むとしたって出産予定日前後2ヶ月ずつぐらい、最低4ヶ月は休まなきゃだろうし、体力的にも辛いから妊娠後は残業も減らさなきゃだからガンガン働くわけにはいかないだろうし、下手して流産しそうになったりしたら妊娠期間中ずっと安静で会社は病欠なんて事にだってなりかねないのだ。
自分のキャリアを考えている女性だとしたら、そんな体力と時間を食われる大事業を三回もしろなんて言われたら嫌がりそう。
まあ、退魔師だったらあまりキャリアアップとか考えなくて良いのかもだけど。
そう考えると、拓海氏が退魔師の女性を狙ったのも一理あるのかも?
有閑マダムになるのを狙っている女性にはキャリアなんて関係ないだろうけど、三回も出産するのはキツイだろうから結局は嫌がりそう。
「まあ、退魔師の才能持ちな子を産むのが何よりも重要な妻の務めって育てられている人も旧家出身だったら居るかもだけど、そう言う人って退魔師として自立したらさっさと家の柵から逃げちゃうのも多いらしいから、おとなしく子をぼんぼん産むのに合意するようなのは退魔師の家系でも才能が無かった女性か、退魔師になるのに何かが足りなかった人かだろうねぇ」
碧が言った。
魔力が少なすぎて退魔師になれなかったタイプは跡継ぎを産ませるのには微妙な母体になりそうだけど、性格に難があって退魔師にならないように説得されて能力を封じられたタイプなんかもそれを跡取りの母にするのは躊躇われそう。
「なんかこう、退魔協会の方で退魔師の才能を持つ女性から卵子ドナーを募って、それと代理母を紹介するサービスでもやれば良いのにね」
卵子ドナーって海外だと数千ドル貰えると言う記事を見たことがある。日本ではあまりそう言う制度がないっぽいけど、こっそり狭い業界の関係者内でやる分には問題ないんじゃない?
政府にしたって退魔師が足りない現状には困っているんだから、これ以上先細りしない様にガンガン子供を作って貰いたいのが本音だろう。
まあ、下手すると日本のガバガバなセキュリティじゃあせっかく集めた才能持ちな女性の卵子をあっさり海外勢力に盗まれそうな気もするけど。
「卵子を売り渡すのに抵抗を感じない人って少ない気がするけど、産みたくないなら日本の将来の為にせめて卵子を提供してくれって泣きつけばなんとかなるかもねぇ」
碧がちょっと微妙そうな顔をして言った。
「まあ、碧は卵子ドナーにならない方が良いと思うよ。
絶対に盗まれるでしょ」
遺伝子情報が白龍さまに好かれる原因だとは思わないけど、そう考える人間は絶対に出てくるだろうからねぇ。
下手に碧の遺伝子を使った子供です、可愛がって下さいなんて言って白龍さまの聖域に現れる人間がいたら激怒されそう。
うん。
そう考えると、卵子ドナーと代理母のアイディアは日の目を見ない方が無難かな?