呪詛返しが多い
「おはようございます」
三日目になった入り口での碧による浄化結界の設置を終わり、事務局の部屋に行って武下さんに挨拶する。
「おはようございます。
寒い最中に毎回朝早くからありがとうございます」
武下さんが立ち上がってこちらに来ながら挨拶を返してくれた。
私らに貸してくれる部屋の鍵を開けてくれる為に、出てくる必要があるんだよね。
別に私らに貸しっぱなしでも良いじゃんと言う気もするが、大学の規定で貸した部屋の鍵は毎回回収し、帰る前に職員が中に人が居ない事を確認して施錠しなくちゃいけないらしい。
誰か過去に受験時の宿代わりにこっそり会議室の鍵でも貸した人がいたんかね?
「なんかこう、4月に学校がスタートだと思うとこの時期に試験をしなきゃいけないのも分かりますが、何も一年で一番寒い時期にやらなくてもって気がしますねぇ」
と言うか、学校の年度スタートを欧米と合わせて9月にすれば夏休みの宿題も無くなって日本中の子供たちが喜ぶだろうに。
政府とかの年度末と合わせないといけないからとか言う理由で変更できないみたいだけど、政府は政府で12月末に年度を終わりにして、すっぱり連動性を切れば良いのに。
個人の税金とかの年度末は12月なんだし、何だって国の予算とかだけは3月末にしなきゃいけないのか、分からない。
すっきり全部12月にした方は『XX年度』って言うのも暦年とずれないで済むんだし。
確かに色々と変更時は作業が大変だろうけど、一度やってしまえば後は面倒な変な期間割り的な作業がグッと減るんじゃない?
それとも12月末を税金上の締め切りにして、3月末までにそれの申告をさせた上で国予算を決めてる?
いや、でも国の予算って秋ぐらいに騒いでいるよね? 年初に補正予算とかなんだかんだ言っている時もあるけど、税収と合わせて財政支出を削ったりする様な収支を考えた行動をする政治家なんてここ数十年いないんだから関係ないだろうし。
借金が山ほどあるのに多少税収が多かったら途端に人気取りの減税を言い出し、なのに景気が悪いと国民の生活を補助しなければとか言って還付金の話をするアホばかりだから、税収の決まる時期と国の年度末とは実質関係ないと思う。
「真夏の最中にやって熱中症で倒れられるのも困りますが、今の時期は毎年雪が降ったらどうしようかと天気予報を祈る様に見てますね」
武下さんが苦笑しながら応じる。
「あ〜。
確かに東京で雪が降ったら交通機関が麻痺しかねないし、そうじゃなくても滑って怪我をしたりしたら困りますからねぇ」
碧が頷く。
そういえば、諏訪の辺だったら2月って言ったらそれなりに雪が降るのかな?
北海道なんかだと地元民は雪が積もった地面でも転ばずに歩けるのに、道外から来る人がステステ転んで大変らしいからなぁ。
兄貴なんか、受験しに行って転んで足を捻挫したとか言っていたな、そういえば。
根性で試験は受けてたけど、無理に歩いたから後からかなり足が腫れたと言っていた。医者に行ったけど湿布を出されただけで役立たずめ!と怒っていた記憶がある。
考えてみたら、今なら碧がいれば捻挫なんかも即座に治せるんだろう。でも治してくださいとマンションまで来たら私の家族と言うことでワンチャン情けをかけて貰えるかもだけど、北海道じゃあ無理だし、タイミングが全然違うからねぇ。
少なくとも私が知る魔術では過去に時間を巻き戻す術は無い。
最近はそう言う巻き戻し系のラノベも増えてるけど。
やっぱ、やり直せたらもっと上手くやるのに!って言うのは皆が内心思っている事なんだろうなぁ。
私個人としてはやり直しで何か出来そうなことってあまり無いけど。
何と言っても、黒魔術師時代の人生ではまだ親元から離れられない子供の時期に適性がわかる様に徹底するのが国全体のポリシーだったからねぇ。
たとえ時間が巻き戻って適性検査前に家出したとしても、のたれ死んだか、途中で『保護』されて適性検査されたかだろう。
あのサイズの国を子供が歩いて逃げ出すなんて、絶対に無理だった。
そして隷属される実態を知っていて制約魔術への協力を拒否したら、単に殺されていただけだし。
あまり選択肢は無かった人生だったね、あれは。
寒村時代は特にやり直したいと思う程大きな後悔は無いかな。
それはさておき。
「そう言えば、寒さと忙しさでこの時期はいつも肩凝りや頭痛が大変なんですが、今年はいつもよりマシな感じなんですよ。
皆も同じ様な事を言っているんです、不思議ですね。
まあ、何人か体調を崩して寝込んでしまった人もいますが」
武下さんが面白い事を言った。
肩凝りや頭痛が減ったって言うのは、碧の浄化結界のお陰で受験生のストレスや絶望に惹かれてやってきた野良の死霊が祓われているお陰だろうね。
やっぱ毎年かなり引き寄せられてるっぽい。
だけど寝込んだ人っていうのは……誰か同僚なり上司なりを呪っていたのが呪詛返しを喰らったんじゃ無いかな?
呪詛返しはどうしようも無いからねぇ。
体調不良に本人が慣れるしか無い。
命に関わらないような呪詛だったら慣れれば動けるようになるだろうし、死ぬような呪詛だったら自業自得ってやつだね。
でも。
「寒いですし、それこそ廊下で倒れていたら凍死しちゃうなんて事もあり得ますから、出勤してこない一人暮らしの人がいたら、救急車が必要かどうか近親者に連絡して確認して貰った方が無難かもですねぇ」
今の時期だったら腐乱死体にならないかもだけど、さっさと後始末した方がいいのは変わらないでしょう。
そこまで酷い呪詛を掛けていた人がこの大学に居なかったと期待したいところだねぇ。