完了証明が難しい
「取り敢えず、傷害事件を起こした受験生に取り憑いていたのはコイツみたいだから、大元の依頼は熟せたって言えるけど、どうする?」
石碑に潜み、神経質になっていた受験生が近付いたら取り憑いて悪さをしていた愉快犯な悪霊を除霊し終わったので、ぱんぱんと手を払って背筋を伸ばしながら碧に尋ねる。
動作的に手でムギュッと握って悪霊を石碑から引っこ抜いて捕まえたから、気分的にちょっと手が穢れた感じがするんだよね。
まあ、土埃じゃないから手を払っても綺麗になる訳じゃないし、元々物理的な汚れが付いた訳でもないけどさ。
「依頼が完了しましたって言って帰るか否かって事?」
碧が私の質問の意図を聞き返す。
「そ〜。
なんかあんだけ精神的にヤバそうな学生が沢山集まっていたら、他の霊がちょっかいを出しても不思議はないし、ある意味悪霊の助けなしでも誰かが暴れ出す可能性もあるから、終わりましたよって言って帰っても後から文句を言われる様な騒動が起きる可能性もあるかなぁって思って」
何と言っても物理的な証拠がないから、問題の悪霊を祓いましたって証明が出来ないんだよねぇ。
しかも多数の神経質になっている人間が集まるイベント中だから、何か問題が起きる可能性もかなり高そうだし。
個人の敷地とか、人が殆ど来ない廃病院や廃工場とかだったら祓ったら暫くは問題が起きないから『退魔師が来た』→『祓ったと報告を受ける』→『問題が起きなくなる』って流れになるからそれが仕事をちゃんとやったと言う消極的ながらも証明になるんだけど、受験会場じゃあねぇ。
『退魔師が来た』→『祓ったと報告を受ける』→『受験生の一人が突然試験会場でキレて暴れ出す』→『退魔師は仕事をちゃんとやって無かったんじゃないか?!』って流れになりかねない。
上手く問題が解けなくてストレスマックスな受験生がキレるのが普通に時折ある現象だとしても、悪霊騒ぎの最中だと悪霊のせいじゃないかと疑われやすいだろうし。
「実は、朝に張った結界なんだけど、さっき確認したらかなり弱ってたんだよねぇ。
あれって確実に何人かは呪われた人が通って呪詛返しをしてると思う」
碧がため息を吐きながら近くのベンチに座って言った。
「マジ?
知り合いの受験生を呪っても自分の合格率が上がる可能性なんて微々たるもんだろうに」
それ位だったらもっと真面目に勉強すべきじゃない?
「まあ、受験生だけじゃなくて普通に教員とか研究生も通っている筈だから、そっちが呪われていた可能性も十分あるけど。
どちらにせよ、今日これで『完了です』って言って帰っても、残り2日で問題が起きる可能性はそれなりにあると思う」
毎年の受験時の問題が起きる回数とかが平均でどのくらいなのか、マジで知りたい。
まあ、それがわかったところで統計的な推論になるから私らの依頼完了への疑いを晴らすのにどの程度役に立つか分からないからけど。
昼食後に探したら武下さんは相変わらず事務局で仕事に埋もれていた。
「こちらの池にある石碑に今回の騒動を引き起こしたと思われる悪霊が憑いていたので、祓いました。
ただ、精神的に追い詰められている若者が沢山集まる場所ですと他の霊も活性化して悪さをする可能性は高いです。
なので武下さんが希望するのでしたら最初の契約通りフルに3日間こちらに残っても良いですがどうしましょう?」
碧が武下さんを私ら用に使って良いと言われた部屋へ招き、ペットボトルのお茶を出しながら尋ねた。
「もう見つかったんですか?」
武下さんが驚いた様に尋ねた。
退魔協会の調査員が見つからなかったのに、何でやねんってとこかな?
「どうも、ここにあった石碑に合格祈願をするのが最近のちょっとした流行りになっていたようで。
そのお陰で元から石碑に取り憑いていた悪霊がパワーアップしやすかったみたいですね。
協会の調査員が来た時は厄祓いされて弱っていたから見つけにくかったのが、今までの間にある程度の祈りを吸収して復活していたようです」
まあ、どの程度調査員が悪霊の場所を確定しようとしたかは知らないけど。
「なるほど。
確かに毎年受験時には色々と問題行動を起こす人が多いので、それが単なるストレスなのか悪霊の悪戯なのかが分かるのはありがたいですね。
このまま後2日、よろしかったら残ってください」
武下さんが言った。
費用が掛かるけど、良いんかね?
まあ、既に退魔協会へ依頼を出した段階で予算が承認されていたんだろうから、下手に早く切って予算の未消化分が出るよりは、普通に使い切っちゃった方が退魔師を帰らせたのが間違いだったのではないかって言う議論に巻き込まれなくて楽なのかもね。
「分かりました。
では、他にも悪霊がいるかも知れないと言う想定に基づいて最初の予定通り巡回しますね」
碧が頷いた。
先にちょっとお茶休みするけどね。