大変だねぇ
「退魔師の長谷川です」
「退魔師の藤山です」
思わず『退魔協会の方から来ました』と言う詐欺師みたいな挨拶をしそうになったが、冗談を笑って理解してくれるほど職員さんの気分に余裕がありそうでは無かったので、普通に『退魔師です』と挨拶をした。
「事務局の武下です。
今回はかなり無茶な依頼を受けていただき、ありがとうございます」
姿勢の良い60歳前後っぽい女性だが、顔色はあまり良く無いし目の下の隈がメイクで隠れきれていない。
と言うか、疲れ切っていて60歳程度に見えるなら、実はもっと若いのかもね。
受験シーズンって事務局にとっては一番忙しいシーズンなのかな?
まあ、ある意味一番間違いがあったら取り返しがつかないイベントではありそう。
「いえいえ。
完璧な事前防止は無理だと理解して頂けているのでしたら、我々は出来る限りの事を致しますので。
ちなみに、どのような流れで依頼を出すことになったのか、お伺いしても良いですか?」
碧がにこやかに武下さんの名刺を受け取りながら尋ねた。
こう言う名刺ってどんどん溜まっていくんだよねぇ。殆どの人は二度と会わないんだから名刺なんぞ貰ってもあまり意味が無いと思うんだけど、捨てちゃあダメなのかなぁ。
入れるのに使っている箱が既に二個目になっているんだけど。
個人情報があるから普通に燃えるゴミに出すのも問題な気がするが、一々全部切り刻んだりスタンプで文字を消したりするのも面倒だし、マジで1ヶ月経ったら自動で消える名刺にでもして欲しい。
時限発火は困るけど。
それこそ昔あった感熱紙(今でもあるのかな?)みたいに、日向に置いといたら褪せて消えるのでも良い。
もしかして、家で使える燻製器を買ったらその中で燻製を作りながら燃やせる?
ウッドチップと違って美味しくならない気もするけど。
名刺を印刷するインクって燃えて煙として食材に吸収されたらどんな味や匂いになるんだろ?
まあ、それはさておき。
碧の質問に武下さんが困った様な溜め息を溢した。
「去年問題を起こして広く報道されてしまった受験生は、かなり異常な様相で心神喪失状態だと判定されたのですが、後日に厄祓いをしてみたら急にまともになったらしいのです。
厄祓いで祓われたのだったら問題が解決したのかと思っていたのですが、先日下見に来た学生が急に他の学生を襲い掛かろうとして、取り押さえられまして。
もしかしてと思って退魔協会に調査をお願いして、しっかりその霊を除霊する様に手配しようとしたのですが……調査員の方が来て悪霊に取り憑かれていると判定された後、退魔師の方が来て除霊が出来る前に家族の方が神社に連れていって厄祓いをしてしまったんです」
ありゃりゃ。
親にしたら暴れ回る我が子を少しでも落ち着かせたいと言う思いが強かったんだろうねぇ。
大学側にしたらマジか?!って感じだろうけど。
敷地全部をなんとかする羽目になるぐらいだったら、きっと学生本人の除霊代も出すって言っていたんじゃないかなぁ。
ある意味、うっかりなんだろうけど結果的には家族側の究極に近い嫌がらせだね〜。
これって受験でお断りされたりしないのかな?
やっている事が多少(じゃ無いけど)大学に損失をもたらす程度じゃあ入学拒否って出来なそうな気もするけど。
女性の受験生の合格率を下げてあれだけ問題になったんだから、大学って入ってくる学生を選り好みする権利がないんだろうし。
それはさておき。去年の被害者を厄祓いしても今年も憑かれた人が居たとなったら、厄祓いじゃあ駄目なんだろうね。
「でしたら、もう一度その霊が誰かに憑くのを待って、暴れた人を確保して退魔協会に除霊させれば良いのでは?」
結果的には今回やっているのとほぼ同じ事になるだろうし。
武下さんが疲れたようにため息を吐いた。
「事務方でも退魔協会の方に被害者に憑いていた霊が大学の敷地内に戻って居るのか調べて貰って、『微細な気配は感じられるが何処にいるのか分からない』という結果が出た時にはそうしましょうと内部で話し合っていたのですが……それが理事会の方に漏れて、政府から来ている方にそんな受け身な対応では駄目だと強く主張されてしまいまして」
うわぁ。
国立大学だから理事会に政府関連の人が含まれてるのかぁ。
最近の大学は資金繰りも苦しくて、敷地全部を除霊させる様な無駄な出費をする余裕なんて無いだろうに。
一体何を考えてアホな主張を繰り出したんだろ?
現実を見ずに理想論で騒ぎ立てるような理事なんて、良い迷惑だね。
取り敢えず、ヤバい霊が敷地内に戻っている可能性が高いようだからちょっと見回りついでに霊が隠れてそうな石碑とかを調べておこう。
そいつが誰かに取り憑く前に見つけられる可能性は低そうだけど。