姉と最後の会話
被害者の妹さんの視点です。
>>>サイド 水島 沙羅
『沙羅。
約束通り、コタローの面倒をよろしくね!』
夢の中にいつの間にか現れた姉がにっこり笑いながら言った。
同窓会に出席する為に帰ってきていた姉が行方不明になり、必死に絶望から目を逸らしながら『まだ生きているかも』とあちこちで情報提供を求めるチラシを配りながら探していたが・・・警察が玄関に現れた時に感じたのは希望では無く諦念だった。
ノンビリとした姉は職場の人間関係は円満だったし、金銭面でも問題は無かった。溺愛していた犬や今までの生活を自発的に見捨てて行方をくらます理由は見当たらず・・・そして誘拐された被害者が数日以上生きている可能性は極端に少ないと言うのはネットで調べて嫌と言うほど分かっていたのだ。
少なくとも睡眠薬で眠る様に死んだとの事なので、気休めでなく本当に苦しまなかっただろうと水島家に来た警官は言っていた。
最初は過失致死で起訴するなんてふざけた事を言っていた検事も、こちらの抗議に応じて更に調べてくれたのか最終的には殺人罪で起訴となった。
やっと色々と落ち着いてきたと思えたから久しぶりに姉が夢に出てきたのか。
「姉さん。
なんであんな変態と飲みに行ったのよ!
知らない男に付いて行っちゃいけないっていつも私に言っていたのに!」
思わず夢の姉に文句を言う。
『いやだって、昔の同級生だから。
『知り合い』だったんだもん。
確かに学生時代はちょっと変人だと思っていたけど、厨二病を患っていたのが治って好青年に育ったんだなぁと騙されたわ〜』
姉が肩を竦めながら答えた。
「何で姉さんがあんな奴のせいで居なくなるのよ!!!
間違ってる!!」
のんびりとした姉の言葉に懐かしくなり、思わずぶり返してきた悲しみに周囲の雲(?)っぽい何かを蹴り付ける。
『まあねぇ。
ちょっと不公平だとは思うけど、世の中そんなもんだよ。
少なくとも私にはコタローの面倒を見てくれる沙羅と父さんと母さんがいるんだから、幸運だと思わないと。
それはさておき。
一応、冷蔵庫の中に遺書っぽいのが入っているからまだ見つけていなかったら探してね。
大した金額じゃないけど貯金と部屋にあったものは全部、コタローの飼育費として沙羅に残すって書いてあるから。
粗大ゴミに捨てる料金とかもそこから出してね。
あ、葬儀代をお母さんたちが出したんだったら、私の遺産で今度一泊二日の温泉旅行にでも連れて行ってあげて。
銀行口座とかクレジットカードの詳細はリビングの棚の左下に立てて仕舞ってあるフォルダーに纏めてあるから。
PCのパスワードはドルサインに小文字のkotaro0810ね。
貴女の誕生日だから覚えていられるでしょ?
家計簿ソフトを見たらサブスク契約が幾つかあるのが分かると思うから、さっさとキャンセルしておいてね。
PCそのものは適当に初期化して沙羅が使うなり売っぱらうなりしちゃって良いよ』
・・・夢にしては妙に細かく現実的だ。
「何で冷蔵庫に遺書??」
姉の冷蔵庫にはミネラルウォーターとチーズやちょっとした野菜しか入っていなかったので生物を捨てただけでしっかり整理はしていなかった。
紙なんて入っていただろうか?
『なんかの番組で、冷蔵庫って生物を処分する為に確実に人が中を確認するし、封筒は場違いで目立つから他の書類に紛れて行方不明になりにくいって言ってたの。
でも結局見つけて貰えなかったみたいねぇ』
確かに姉はそう言う便利情報系の番組が好きだった。
あれ?
もしかしてこれって本当に姉がお別れを言いに来たの???
「え??
これって夢じゃないの?!
お姉ちゃん、成仏できなくて幽霊になっちゃった??
でも、殺されたんだからそれって必然???」
思わず混乱して昔の呼び方で叫んでしまう。
『え〜?
まあ、言われてみれば、幽霊なのかも?
別に殺されたからって言うよりもぼ〜っとしていただけなんだけど。
特にお迎えに来た天使も死神も見かけなかったし、明るい扉とかも現れなかったんだよねぇ。
でも、もうそろそろ成仏するかも?
なんか最近身体が軽くなってきた気がするし』
ちょっと首を傾げながら姉がノンビリと答えた。
「もっと早く出て来てくれたら良かったのに」
行方不明になった晩に既に殺されていたと言う話だったが、警察が玄関先に来るまでの二週間は本当に苦しかった。
でもまあ、姉の死を知らされて倒れてしまった母には『もしかしたら生きているかも』と言う希望が多少の励みになっていたのかも知れないが。
『無茶言わないでよ〜。
今回だって、殺された部屋の下の部屋に来てたまたま私に気がついて警察に通報してくれた霊能者さんが『最後のお別れに』って連れて来て夢に繋いでくれたから話せてるのよ?
殺された後に近所の人に声を掛けても誰一人として気付いてくれなかったんだから』
頬を膨らまして姉が抗議した。
霊能者?
そんなのって本当にいたんだ。
でもまあ、確かに殺された霊が誰とでも話せたら未解決な殺人事件なんて無くなるか。
「そっかぁ。
その霊能者さんにお礼を言っといてね」
『あ、そうね。
忘れるところだった。
ちなみに、もう話しに来れないと思うから今回言った事は起きたら直ぐにメモっておいてよ?
じゃあ、コタローの事よろしくね。
両親の老後も貴女だけになっちゃったけど、あまり無理をせずに介護施設とかに早いめに入って貰うよう前もって話し合っておくようにね〜』
ノンビリと姉が言い、子供の頃の様に頭を撫でてくれ・・・ふわっと消えた。
「待って!!」
自分の声で目覚めた。
夢???