動くな!
「もうこれで夜の出動を想定しなくて良くなって嬉しい〜」
夕食を食べ終わって炬燵でまったりしていたら碧が呟いた。
「確かに。
ジャージで寝るのは構わないにしても、お風呂に入って温まってから眠れないのは地味に辛かった!」
昨日はまだしも、その前は放火のことを知ってからは炎華に言われたら即座に飛び出せるようにと毎日暗くなる前にお風呂に入っておき、寝るときはそのままジャージでベッドへ直行だったのだ。
火事の現場まで走って犯人を見つけると言う時間との戦いが想定されてたから、呑気にお風呂に入っていてその間に放火されたら困ると思ったんだよね。
たった数日の事だったけど、お風呂で体をしっかり温めずに寝るとなんか疲れが取れない感じで翌朝も辛かった〜。
「そう言えば、田端さんはどんな感じ?」
碧が尋ねる。
「ちょっと待ってね〜」
ハネナガの視界を共有させて貰って確かめる。
「丁度車の中でおにぎりを食べてるっぽい?
カロリーバーじゃ無いんだね」
住宅地のど真ん中なのでバーガーショップに買い出しに行くのは厳しいだろうとは思っていたが、コンビニでおにぎりを買っていたのかな?
時間的に、夜食ってやつかね?
夜更かしするんだろうけど、動かずにじっと車に座っているだけだとしたら、食べ過ぎは太るぞ〜?
まあ、カロリーバーより喉が渇かなくて良いのかな?
だったらプロテインゼリーの方が更に効率が良さげな感じもするが、おにぎりあたりが腹持ち感と匂いとゴミとかの兼ね合いで一番無難なのかも。
「ネットのここら辺での火事に関する呟きを調べてみたらあの放火魔、犯行の時間にかなり波があるらしいね。
明るいうちの犯行はないにしても、夜9時ぐらいから真夜中の12時ぐらいまで、そこそこ放火時間が違うっぽい」
碧が言った。
「あれ、その程度なんだ?
朝の3時とか、明け方直前とはないんだ」
なんかこう、歴史小説とか戦記物ファンタジーなんかだと夜明け前が一番敵が油断していて奇襲に最適な時間帯だってよく出てくるよね。
ある意味、火をつけて燃やすのが目的なだけで、それで誰かを殺すことは求めていないのかな?
先日私らが間に合わなかった時も夜の10時過ぎだったね、考えてみたら。
と言うか、確実に夜中の12時以降がないならその後にお風呂に入っても良かったかも?
まあ、他人の行動に確実性を求めるのは危険だけど。
「終電の後に歩き回っていたら、怪しげな行動をしてなくても今の時期だったら警官に職務質問されかねないから、残業で遅れての帰宅って言える時間に抑えるように調整してたんじゃない?」
碧が指摘した。
確かに終電後に歩いている人間って怪しいよね、
今時だったら終電を逃したらカプセルホテルなりネットカフェなりで夜を過ごすだろうから、常識的な理由で道を歩いている人間なんてほぼ居ないだろう。
『あの巣立ちし損ねた男が部屋を出たぞ』
突然、ハネナガの念話が脳裏に響いた。
「放火魔が動き出したみたい」
碧に告げ、ハネナガの感覚に集中する。
トントントンと階段を降りる音が聞こえたと思ったら、玄関の扉が開き、人影が出てきた。
老母の方はもう寝てるのかな?
それとも耳が遠くて息子が出て行ったのに気付かないか……敢えて気付かないでいるのか。
なんかテレビの音がハネナガの聴覚に聞こえているから、気付いていないだけかもね。
放火魔が道を歩いて左の方に姿を消した後、静かにそっと車の運転席が開いて田端氏と一緒に張り込みしていた警官が出てきた。
どうやら徒歩で着いていくっぽい。
田端氏は車の中で運転席に動いているから、ある程度以上距離をとってから車で追いかけるのかな?
まあ、住宅街をノロノロと車が動いていたら怪しいもんね。
ヘッドライトをつけてたらモロバレだし、かと言ってつけてなかったら気が付かれた際に露骨にこっそり追っているって分かるだろう。
そう考えると、一人は足で追いかけて、もう一人は放火魔が動きを止めたら(もしくはぐっと離れたら)車で動くのは合理的そうだ。
二人とも足で追いかけるんでも良い気もするが。
何も頼んでなかったのだが、ハネナガがそっと放火魔のあとを追って動き始めた。
流石に今回は頭の上には乗らないらしい。
これって放火魔が火をつけ始めたら炎華に出向いて貰って大きな火事にならない様にして貰うべきかな?
あっさり火が立ち消えちゃったら怪しいかもだけど。
つうか、放火魔を現行犯で捕まえるために張り込みしているなら、消火用の道具とか、持ち歩いているのかな?
リュックを背負っているから小型な消火器でも持っているのかも?
消火器を吹き掛けたら証拠が損なわれそうな気もするが、考えてみたら燃えちゃったら証拠も何もないんだし、家の部屋に色々と証拠になりそうな道具があるんだから大丈夫だろう。
そんな事を考えている間に、放火魔の足取りがゆっくりになった。
どこら辺で火をつけるかとか、それなりに事前に計画しているんかね?
まあ、毎回同じところでやったらそれこそ警官に張り込まれて捕まりそうだよね。
やがて、放火魔がボロそうな古い戸建ての前で足を止めた。
何やら胸元から雑誌?を取り出して何ページかくしゃくしゃにして、壁際に置いた。
雑誌ってページがしっかり重なってるせいで空気が足りなくて燃えなそうだけど。常時一番上のページが燃える感じで長時間ゆっくり燃え続けて放火には良いのかね?
そんなことを考えている間に放火魔がマッチを擦って火をつけ、雑誌の上に置いた。
「動くな!
放火の現行犯で逮捕する!」
後ろから声が響いた。
更に車のヘッドライトが突然放火魔と周囲を照らした。
おや。
放火魔が準備している間に、田端氏が車で追いついていたらしい。