こどおじ??
汗をかかない程度に早歩きして目的の住所に来てみたら、ちょっと昔の住宅街っぽいところに辿り着いた。
最近の、元あった戸建ての土地を2軒分(場合によってはそれ以上)に分けて建てた様な超ミニ戸建てでは無いが、それこそ壊したら戸建て2軒分になる様な大きな庭がある訳でも無い、バブル期後ぐらいの家だろうか。
思ったよりも普通な家だった。
庭も狭いながらも砂利が敷かれて物干し台が出ていて、洗濯物が干してある。
あれ?
なんかこう、幽霊屋敷みたいなボロい家にでも住んでいるもんだと勝手に想像していた。
洗濯物を普通にやる精神状態なんだ?
放火魔なんて、なんかこう……病む一歩手前な精神状態で身の回りのことなんかまともに出来ていないのかと思っていた。
まあ、人殺しだって周囲の人が『穏やかな普通の人でした』って言うことも多いらしいし、放火魔も火をつけたくなると言う異常性癖がある以外は普通なのかな?
そんな事を考えつつ、そっと自分と碧に認識阻害の術を掛けてから放火魔の家の写真を撮る。
ハネナガが見せてくれた住所のある表札は向かい側の家だったようなので、マップアプリを出して犯人の家の地番を確認してから、人(や車)の通行に邪魔にならない道端に寄ってハネナガを家の中へ潜入させた。
実体の無いハネナガだと物をほぼ動かせない代わりに建物や部屋の中に素通りして入れるから、こう言う時に便利だ。
次に誰かを尾行させて家の中を調べる必要がありそうな時は、クルミではなくハネナガに頼むと良いかも?
そんな事を考えながら、家の中を動くハネナガの視界を覗き見させて貰う。
目が回らない様にゆっくり動いて貰っているのだが、意外と家の中は綺麗に整理整頓されて、埃も溜まっていない。
もしかして、親か妻と同居でもしてるの?
放火魔が普通な結婚生活を送れているとは意外な気がするけど、考えてみたら連続殺人魔でも結婚している場合もあるんだから、放火魔でも結婚生活が出来るぐらいに周囲の人間を騙せるのかね?
とは言え、毎晩か数日おきに夜中に出掛けていたら、家族に怪しまれそうなものだけど。
家の中を見回すが、1階には特に放火に使いそうな道具が山積みされている様な場所は無かった。
なんか引越しをするのか、断捨離中なのか、空な棚の前に段ボール箱が置いてある場所が何箇所かあったが。
二階を調べようと上がって行こうとしたところで、突然碧に肩を叩かれた。
『家の人が帰ってきたみたい』
念話で教えられたお陰で、突然玄関の鍵が回って開いてもギョッとしないで済んだ。
扉の内側から見てると、鍵のツマミ?部分が勝手に回って扉が開くのって実はかなりホラーっぽい感じになるんだね。
今まで玄関の前で外から開けられるのをぼーっと見てた事なんか無かったから知らなかったわ。
玄関の扉を開けて入ってきたのは老齢の女性だった。
母親かな?
昨日ハネナガの視界から見た放火魔は中年男性っぽかったからなぁ。
『ワタル〜?
起きてる〜?
ちゃんとご飯は食べた〜?
あら、荷造りしておいてと言ったのに、全然してくれて無いじゃ無い。
自分の部屋ぐらいはしているんでしょうね?!』
まだ閉まりきっていなかった玄関とハネナガから老女の声が二重に聞こえる。
引っ越すからその前に放火して回ってるの??
それとも、引っ越さなきゃいけないと言うストレスの発散に放火してるのかな?
老女がドスドスと階段を上がっていくのをハネナガに後をつけさせ、ガンガンと扉を叩いている部屋の中へ通り抜けて入らせる。
うわぁ。
汚部屋。
家の中の他の部分とは全然違い、脱ぎ散らかした服が床や家具の上に散乱し、部屋の隅にはマッチ箱やライターや固形燃料やその他火付けに使えそうな物が山積みになっていた。
机の前でPCに向かって座っていた男は振り返りもしなかった。
『俺はこの家から出ないからな!!』
『そんな事言っても、ここを売ったお金で私が老人ホームに入るんだから、出ていくしか無いでしょ〜?
来月には売れそうだから、さっさと次に住む場所を自分で探しときなさいよ!
多分この家は壊して建て直すことになるって話だから、下手に部屋の中に残っていたら家を壊す時に巻き込まれても知らないわよ〜!』
老女が鍵を掛けられた扉の向こうで言っているのがハネナガ経由で聞こえた。
なんだっけ。
子供部屋おじさんってやつ?
いい年した大人が働かずに親の脛を齧り続けるってやつ。
もしかしたらオンラインか日雇い的に働いていて多少は収入があるかもだが、放火魔は少なくとも生活に関しては母親に依存しているようだ。
母親の方はどうやら家を売って自分は高齢者施設に入ると言う荒技でそんな息子を独り立ちさせる事にしたらしい。
そのストレスで息子が放火魔になった(もしくは放火の頻度が上がった)様だが……まあ、ある意味これで放火魔が逮捕されたら家から追い出す手間は省けるのかもね。
う〜ん、住処を追い出される恐怖とストレスは多少は同情できるが、いい年していつまでも親に依存してるのが悪いし、放火なんぞでストレス解消しようとするのは許し難い。
できれば放火魔の顔の写真を撮ってから田端氏に連絡したかったんだけど、この様子じゃあ夜になるまで家どころか部屋からも出てこなそうだし、放火魔本人なのは確認できたから、これで諦めて田端氏に通報だね。




