無理〜!
「なんか毎日の様に煩く消防車の音が聞こえていた気がしてたけど、いざ追いかけるつもりになって待ち構えていると意外とそうでもないね」
炎華に放火魔の事を教わってから二日間、近所で火事はなかった。
まあ、消防車のサイレンの音は時折聞こえていたから他の場所で火事は起きていたみたいだけど、放火魔のではないと炎華は言っていた。
放火魔も毎日は火をつけて回っていないのかな?
学校や職場でストレスが掛かった時にだけ放火しているのか、丁度良い放火に適したゴミとかを見かけると火をつけたくなって我慢できなくなるのか。
どちらなのか、もしくはそれ以外なのかは知らないけど、火事が起きていないのは良い事ではある。
このまま心を入れ替えるのかな〜、まあそんな事は無いだろうな〜、なんて考えていたら炎華が突然鳩サイズから中型犬サイズまでブワッと膨れ上がった。
『火をつけられました』
「走って行ける距離?」
碧が慌ててポーチを腰に巻きながら尋ねる。
ここのところずっとジョギングに行ける格好をしていたので、靴を履けばすぐに出て行ける。
フリースのジャケットは体が温まったら亜空間収納へ入れる予定だ。
あまり役に立たないと不満だった亜空間収納だが、ジャケットやコートや傘を仕舞うのには意外と便利だと最近思う様になってきた。冬ってコートを着ないと朝晩駅で電車を待ったりする時に死ぬほど寒いけど、日中は着てると汗をかいちゃうから邪魔なんだよね。
更に大きくなって自転車も収納できる様にならないかと頑張って魔力を込めているんだけど、先は長そうだ。
もしかしたら自転車じゃなくって電動キックボードでも入れるのを先に目指すべきかも?
あれだったら自転車よりは小さいし、さっと取り出しても目立たないだろう。
長距離移動には向かないが。
折り畳み式自転車を入れておいて必要に応じて組み立てるよりお手軽そうだ。
そんなことを考えながらラニングシューズを履き、階段を駆け降りて行く。
『こっちです〜』
一般人には見えない仕様になった炎華が飛んでいくのを追いかけて走りだす。
「あ、出来ればあまり飛ばさないで。
私達、持久力はそんなに無いから!」
碧が慌てて炎華に頼む。
そうなんだよねぇ。
全力疾走は長続きしないから。
とは言え。
結局、約20分後には私達は二人ともゼーハー言いながら早歩きに時々軽く走るのを挟む様な状態になっていた。
「現場まで……あと…どれぐらい……?」
早歩きになりながら炎華に尋ねる。
念話の方が息切れしないと思うのだが、苦しすぎると集中できなくて念話も難しい事が発覚。
ちょっと運動不足かなぁ。
『感知できるぐらい近く』と炎華が言った距離が思っていた以上に遠かった。
『だいたい半分ぐらい来ましたかね〜。
あ、でも』
炎華の念話が途切れた。
「でも?」
『どうやら放火されて比較的すぐに見つかったのか。消し止められたみたいです〜』
炎華が教えてくれた。
マジか。
まあ、考えてみたら火がつけられてからもう30分ぐらい経っているか。
その位時間が経っていたら、小火っぽい感じで直ぐに消せたんだったらもうメインな火元の鎮火は終わっていてもおかしくないのか。
「うがぁぁぁぁ〜!
こんだけ頑張って走ったのにぃ!!」
碧がしゃがみ込んで頭を抱えた。
「なんかこう、回復術を使って酸素をガッツリ血流に取り込みつつ効率よく長時間走れる様に出来ない?」
と言うか、考えてみたら魔力を足の筋肉に流し込んで足だけでも身体強化したらもっと走れたかも?
いや、肺とか心臓も強化しなきゃダメかな?
身体強化って今世では固い瓶の蓋を開ける時ぐらいしか殆ど使ってないから、走る際に使うコツをもう一度覚えなおさないと直ぐには使い物にならなそうだけど、真面目に練習すべきかも。
「酸素をガッツリ効率よく体に取り込むのなんて、それこそスポーツ選手だったら記録を伸ばすのに凄く役に立つかもだけど、いきなり素人な女子大生がやって実用化出来る技術じゃ無いよ〜」
息が整ってきた碧が言った。
「そっか。
取り敢えず。現実的な話として走って放火の現場にたどり着くのは難しいかもね。
自転車か何か、一週間単位でレンタルするか、買っちゃう?」
このマンションに住みだして3年間の間に自転車が欲しいと思ったことはほぼ無かったから、今回の放火魔捕獲のためだけに買う気はしないが、一週間とかの単位でレンタルできるのかな?
買うんだったらそれこそ電動キックボードの方が近い将来に亜空間収納に入れられそうだからなぁ。
でもあれって二人乗り出来るのかな?
碧の分まで入れるのはまだ暫く無理だと思うんだが、白龍さまはお酒がらみじゃ無いと収納してくれないって話だったよねぇ。
どうしようかね?