落ちた!
ハニトラ男が『行ってからの楽しみにして』と碧に言った為、二人が猫カフェに行く日になっても目的地は不明だった。
お陰で私は慣れない尾行もどきな行動をとる羽目に。
と言うか、ハニトラ担当(多分)とは言えスパイもどきなプロなのだから、迂闊に尾行なんぞしたらバレる可能性が高そうだと思い、クルミと視界共有して周囲を確認しながら視界の外を歩いている。
男からはちょっと興奮した感情が読み取れるが距離があるので集中しないとしっかり思考を読めず、現時点ではクルミとの感覚共有で二人の会話を聞いているだけだ。
念話の魔道具の有効距離内だと思うから、いざとなれば碧とも連絡が取れると筈だが、ハニトラ男との会話に注意を払う必要があるだろう碧との直接のコンタクトも現時点では避けている。
「ここだよ!
新しく入った猫も暫く人に慣らさせてから店に出すから、どの子もとっても人懐っこいんだよ〜」
ハニトラ男が小さな喫茶店の様な店の扉を開けながら碧に説明しているのがクルミ経由で聞こえる。
ちょっと駅から離れた裏通りっぽい場所にある店だが、道に面した窓際にキャットタワーがあり、猫が上から通行者を見下ろしている中々良い感じな猫カフェだ。
これってハニトラ男の本国の資金が入っているとか、バイトに仲間が居るとかなのかなぁ?
単に碧を釣るのに丁度良さげってだけで選んだったら、また来ても良いかも。
そんな事を考えつつ、店のそばに寄る。
店の前に丁度良いベンチなんかは無かったので隣のビルにこっそり入らせて貰い、廊下を進んで右に曲がって突き当たりの壁に寄りかかる。これでかなり物理的に猫カフェに近くなった。
認識阻害に術を自分にかけて邪魔が入らない様にしてハニトラ男に集中した。
碧の興味を引く話題を探るのに集中しているが、凄いな。
碧の目に動きとか、笑い方とかを凄く細かく観察して自分の言葉にどう反応しているか見極めつつ興味がある話で盛り上がるために色んなトピックをさり気なくセレクトして提供してる。
詐欺師って、ここまで相手のことをを観察してたのかぁ。
安易に騙されたふりをして相手を捕まえようなんて考えるのは、相手次第では危険なんだね。まあ、そこらの詐欺師が国家の誘拐人員と同じレベルじゃない可能性は高そうだが。
とは言え、ハニトラ男が碧の観察に集中しすぎているせいで何を考えているのかクルミを介してもイマイチ読み取りにくい。
取り敢えず今日は碧の警戒心を下げるのに集中しているのか、二人は雑談をしながら猫と遊んでいるだけっぽい?
「あ、お代わりを取ってくるよ。
今度はジンジャーエールなんてどう?」
ハニトラ男の声がクルミ経由で聞こえてくる。
「ありがとう、お願いするわ」
碧が頷いたっぽい。
って言うか、ヤバげな相手とセルフサービス的なドリンクが出る場所に行くと、こんな感じにドリンクを任せる羽目になるのか。
これって持ってくる間に何か薬を仕込まれても分からないじゃん。
夜だったら絶対にヤバいね。
昼間だったら流石にデートレイプ・ドラッグ的な薬を使ったりはしないんだろうけど……何かを入れるつもりなのか、ハニトラ男が緊張というか興奮というかしているのが感じられる。
初回から薬ですかぁ。
何かこう、気持ちよくして相手の言っている事を信じさせる様な薬なのかね?
これで一歩前進、的な考えが薄っすら読める。
流石に今日このまま飛行場に行くっていうのは無いみたいだね。
少なくとも、そういう手配はしている様子はなかったし。
『あいつ、碧のドリンクに薬を仕込むみたい』
碧へ一応念話で伝える。
『あら、もう?
あと何回も付き合わなきゃいけないのかとちょっとうんざりしていたんだけど、初回でやらかしてくれるなんて有難いわね。
ついでに薬入りのドリンクを確保して田端さんに検査へ回して貰おうかしら』
碧が嬉しそうに返事してきた。
猫の話題で盛り上がっていた様だったけど、やっぱ自分を誘惑して実質誘拐しようとしていると分かっている相手と、それに気付いている事を知らせずに和やかに話すのはやはりストレスフルな様だ。
「はい、どうぞ」
クルミからハニトラ男の声が聞こえた瞬間、何かビリ!とした衝撃を感じたと思ったらクルミがハニトラ男から弾き飛ばされていた。
『え、どうしたの?!』
慌ててクルミに尋ねる。
『碧さんに薬入りのドリンクを渡したら、白龍さまの天罰が落ちたみたいにゃ〜』
クルミが教えてくれた。
へぇぇ。
天罰を受けた相手に触れてると、弾かれるんだ?
取り敢えず、ハニトラ男とドリンクを確保しに、私も店の方に行こう。