猫好き仲間……?
『クルミ、このハニトラ男の背中にでも貼り付いてくれる?
碧と会った後にもどこに行くのかとか誰と連絡取るのかとか確認したいから、隙があったら手元が見える様に肩の上の目立たないところへ移動してくれると更に良いかも』
そっとハニトラ男の後ろに忍び寄る感じで近付きながらクルミに頼む。
誰かに会って碧との接触を報告するとか、携帯で話すなら背中から耳を澄ますんでも良いんだけど、チャットアプリとかで文字入力で連絡した場合は私がクルミと視界共有しても背中に付いていたんじゃ何も見えないからね。
表面的な記憶や思考も読めるからそれで分かるかもだけど、『これで帰れるかな』とか『報酬で豪遊だ!』みたいな事を強く考えていたら困る。
意外と人間って集中していない時の会話の内容が考えていることと乖離している事も多いんだよねぇ。
『了解にゃ!』
隠密型クルミが飛び出し、ハニトラ男にくっ付く。
丁度コンビニのマルチメディア端末(だっけ?)の側で立ち止まった碧の方へ進もうとしていたハニトラ男はクルミが触れたのに気付いていない。
「大丈夫ですか?
何か分からない事があったら聞いてくださいね」
ハニトラバイトが碧に話しかける。
最近のコンビニってどこもコピー機とかが妙にハイテクになって色々出来るんだけど、慣れてないと難しいんだよねぇ。
しかも結局お金の支払いはレジなんだから、微妙。
どうせだったらQRコードで読み取ってそのまま端末で決済させてくれれば良いのに。
と言うか、碧が持っているのは普通の請求書だからあのマルチメディア端末を利用する方法なんぞないと思うんだけどね。
そこら辺はそう言う新しい支払い方法に疎いふりをすれば自然にハニトラ男と接触できると思ったんだろうなぁ。
実際、声を掛けられてるし。
「これの支払いをしたいんですが、こっちの機械を使えば良いのかしら?」
碧が請求書を見せながら尋ねる。
あれって何を買ったかと碧の名前が印刷されているから、中々情報があるよね。住所はないけど。
請求書の支払い部分だけを持ってくれば支払い先と金額しか分からないのに、送られてきた紙を全部見せると漏れる情報が一気に増える。
敢えてハニトラ男を釣りたいからやっている事だけど、請求書一つにしても意外とちょっとした不注意で情報って色々と漏れるんだなぁ。
態々碧が見せた請求書を手に取り、ハニトラ男がそれとなくその内容を素早く確認している。
「ああ、これはレジでこちらの部分を出して貰えれば、簡単に支払いできますよ。
今やりますね。
猫ちゃんのオモチャですか?」
にこやかにハニトラ男が碧に尋ねる。
穏やかそうな声だし表情も変わらないが、請求書の宛先人の名前を見た瞬間に碧への注意が一気に高まったのがクルミ経由で感じられた。
うわぁ。
考えてみたら、碧の写真とかを至近距離から撮られたら不味いかな?
狙っている相手に追加情報を与えない方が良いよね。
猫を飼っているって言う情報に関してはしょうがないけど。
「そうなんですよ〜。
かなり気に入ったみたいだから、当たりでしたね!」
碧がにこやかに応じる。
「僕も猫を飼っているんです。
母猫と逸れたのか道端でげっそり痩せてボロボロになって鳴いていたのを数ヶ月前に保護して、そのまま飼っているんです。
まだペットOKなアパートに引っ越せていないんで、秘密ですけどね。
写真を見ます?」
こっそり秘密っぽく声を低めてからハニトラ男が携帯を取り出す。
『顔の写真を至近距離で撮られたら面倒かもだから、急ぐって言った方が良いかも?』
慌てて碧に念話で伝える。
写真を覗き込むとなるとカメラを真正面から見ることになる。どこぞの怪しげなスパイもどきな男だったら、その際に写真を撮れる手段があっても不思議はない。
コンビニの防犯カメラとかにアクセスして写真を入手できる可能性も高いが、近距離から携帯でしっかり写真を撮られるよりはマシだろう。
「ごめんなさい、ちょっと授業に遅れそうだから、今日は急いで払わせて貰えます?」
申し訳なさそうに言いつつ、碧がレジの方に向かう。
ハニトラ男がイラっとしたのが感じられたが、表面上はにこやかに携帯をしまい、レジの方へそいつも進んだ。
凄いなぁ。コンビニで数打ちゃ当たるかも的なハニトラ狙いなプロ(?)でも、ほぼ完璧に見た目と感情をコントロール出来るんだね。
まあ、前世でもちゃんとした貴族なんかは内心を読ませないよう訓練されてたけど。
使い魔を貼り付けて相手の感情を直接感じ取れる状況で見るなんて事は前世も今世も殆どやってこなかった。改めて表情だけを信じて人と付き合うのって怖いなぁと実感する。
まあ、普通の人間は皆そうやっているんだけど。
要は人はあまり信じすぎちゃいけないって事だねぇ。
「良かったら、時間がある時にうちの猫と遊びに来て?
故郷のおもちゃとかもこないだ妹が遊びに来た時に持ってきたんで、興味深いかもだし」
レジの後ろに回って会計の準備をしながらハニトラ男が碧に話しかける。
流石にどんな猫好きでも、知らない男のアパートへ猫と遊ぶ為に一人で行く程不用心な女性なんていないよね??
もしも行ったら、マジで行方不明になりそう。
いつ依頼を達成して本国へ戻るか分からないのに、猫なんて飼ってないだろうし。
それとも猫好き女性を釣るために敢えて適当な猫を入手して、依頼を達成したら捨てるのかね?
他の店員は何やら醒めた目でハニトラ男の行動を見ているが、特に注意はしない。
客が嫌がられなければナンパはOKなのかな?
あまり煩い事を言ってバイトに辞められたら困るとでも思っているのかも。
「そうね、この店にはちょくちょく来るから、また会ったら写真を見せて下さい。
どうも!」
にっこり笑いながらお金を払い、碧が急いだ感じで店から出ていった。
「すいませんちょっとトイレ!」
ハニトラ男が隣のレジにいた店員に声を掛け、裏の方に消えていった。
さて。
どこに連絡するのかな?