やれる時にやっておくべき。
「杉原家は過去に血で血を洗うような後継者争いがあったらしくてね。
側室腹の兄と正室腹の弟が争い、一族や家臣の人間も合わせて大々的な殺し合いになりそうになった為、主君が仲裁に入って『弟が家を継ぎ兄は弟を支えよ』と命じたらしいが・・・。
数年内に兄側の人間がほぼ全て死去するか、弟側に寝返ったらしい。
最後に残った兄の息子が死ぬ際に『祟ってやる!』と言いつつ腹を切ったと話に残っており、その後に弟側の者も病気で倒れる人間が続出したそうだ。
そこで兄側の人間の安寧を祈り、恨みと怒りを宥める為に慰霊碑が敷地内に設置されたと聞く。
それで静まったと伝わっていたので話は終わりか・・・単なる与太話だと思っていたのだがな。
敷地の奥にあった手頃な岩を息子がペイントガンのターゲットとして使っていたら、何やら原因不明な病気で倒れてしまった」
お手伝いさんっぽい中年女性がお茶を出してくれている間に依頼主が悪霊の背景について説明を始めた。
先祖が兄弟やその家臣を殺したっぽい話なんぞを使用人の前でして良いの?
まあ、先祖代々住んでいるような住民にとってはそれなりに知られた昔話なのかもだけど。
いやでも、側室と正室がいて、主君が後継者選びに口出ししてくるような時代の話なんてそうそう下の者の間には残らなくない?
他人事って感じでどうでも良い感じなのかな。
と言うか、今回そのペイントガンを持ち出した息子さんが倒れるまでは、ちょっとしたホラーテイストな昔話だと思っていたんだろうねぇ。
今時の人だったら遺産相続で相手だけでなくそちらの陣営の人たちまで皆殺しなんて有り得ないと感じるだろうし、祟りなんて言うのも実在性はかなり怪しいと思っていただろう。
・・・と言うか、息子さん、何歳なの?
『子供が倒れた』って聞いたけど、この『子供』って『息子』って意味であって『未成年』と言う意味じゃなかったの??
ペイントガンを幼い子供にあげたりしないと思うんだけど・・・もしかして、先祖が殺し合うような旧家だと、分別もつかないような子供にペイントガンを渡すのかね?
「慰霊碑と言うのは怒りと怨みを慰める事で鎮めるだけですから、それを汚して怒りをかき立てたら危険ですよ。
被害が出たのが息子さんだけで、良かったですね」
碧があっさり応じた。
だよねぇ。
目覚めたついでに残ってる血族全員殺してやる〜って感じに怒る悪霊もいるんだから、アホな事をしでかした息子だけが自業自得で寝込む事になった程度で済んで本当に良かったね。
まあ、これがヒステリックに怒っている母親相手とかだったら多分言うべきじゃないセリフなんだろうけど、目の前の依頼主はかなり『無』な感じなので特に碧のセリフに怒る様子もなかった。
もしかして、人生遅くに生まれた息子を育てるのを失敗して、既に見放してる?
でも、子供が産まれるような行為をしたのは自分なんだから、ちゃんと面倒を見なきゃ駄目だよ〜。
「息子に憑いている悪霊の除霊は当然お願いしたいが、可能ならば慰霊碑そのものも清めて欲しい。
敷地内にある物を壊したり子供が落書きした場合に被害が出るようでは困るのでな」
依頼主が言った。
まあ、確かにね。
一族が集まって暮らしたりしない現代だったら大きな敷地と本家の屋敷なんぞ要らないし維持も大変だろうから、いつかは売り払う可能性も高いだろう。
その際に工事をしていた業者が祟られたりしたら訴えられそうだし、下手をしたら慰霊碑が壊された際に元々祟った相手の子孫である依頼主の方へ悪霊が飛んで来かねない。
以前ニキビ呪詛で実験した時に呪詛返しが届いた早さと距離を考えると、少なくとも日本国内に住んでいたら悪霊があっさり依頼主の元へ当日中に辿り着きそうだ。
しかも最後に『祟ってやる!』って言ったのは息子一人だったとしても、殺された人間は多数居たらしいのだからそれらも悪霊になって慰霊碑の中で眠っているとしたら……今回ペイントガンを使ったアホな息子を祟っている霊以外にも悪霊がいる可能性は高い。
全部スッキリ綺麗にする方が無難だろうねぇ。
一族の歴史が失われてしまったら何が問題なのか分からなくなりかねないし、何よりも資金力があるうちにやっておかないと。
没落して、貧乏になって敷地を売り払った結果として慰霊碑が壊されて祟られた場合・・・その時点で退魔師を雇うお金がない可能性だってある。
と言うか、色々と歴史が失われつつある現代なのだ。
ヤバい慰霊碑とかがある家系は全部、お金とある程度の情報がある間にスッキリ身の回りを綺麗にすべきだと思うね〜。