誰だろう
依頼主の家まで最寄りの新幹線停車駅に着き、指示にあった通りにロータリーの方へ降りて行ったら『杉原家』と書いた紙を手に持った運転手っぽい人が立派なSUVの前で立っていた。
普通のスーツを着ているのに、車の前に立っていると『サラリーマン』ではなく『運転手』に見えるのって、不思議だ。
もしかして運転手用のスーツって、長時間運転している間ずっと着ていても肩が凝らない様に何か形に特徴でもあるんかね?
まあ、考えてみたら運転手だって雇われなんだからサラリーマンの一種ではあるけど。
それはさておき。
我々が近づいたら、運転手の人がこちらを見てチラッと手元のメモを見てから声をかけてきた。
「藤山様と長谷川様でしょうか?」
「ええ。
よろしくお願いします」
これって向こうから名前を言いつつ声を掛けてくるのって礼儀上は良いのかもだけど、偽物が成り済ましを企んでいる場合は不味いんじゃないの?
まあ、普通のビジネスならまだしも退魔協会の人間をただの一般人が成り済ますのは実質無理だろうけど。
でも、依頼主が恨みを買っている様なところだったらヤバげな気がする。
知ったこっちゃないと言えばないけど。
別荘とかで比較的有名な地域なせいか、駅前はそれなりにスッキリお洒落に整備されている。
もっとも、車が動き出して15分程度緑が多い田舎っぽい雰囲気になったが。
あまり産業が無いのかな?
もしかしたら別のところにアウトレットモールみたいのが固まってあるのかも。
山っぽい地域だから、駅のそばに温泉とか足湯に入れる場所があったら入っても良いなぁ。
どうせなら駅に足湯でもあれば良いのに。
まあ、足湯用であれ、温泉って掘るのにはお金がかかるし、足湯だったらお手軽だからこそ無料かかなり安くなきゃ人が入らないだろう事を考えると、ペイしないかな。
お客さんに喜ばれるとは思うが、それ目当てに来る事はないだろう。
却って駅のそばにスキースロープがある様な場所の方が、足湯の有無が来るかどうかの判断に影響しそう。
別荘地じゃあ足湯がそこまで重要になる程疲れないか、疲れる様な事をする人は泊まっていきそうだ。
そんな事を考えている間に、立派そうな古い温泉宿の様な建物にたどり着いた。
温泉宿みたいと言うよりは、単に古くからある和風な建物ってだけなんだろうね。
大して産業が無い地域だとしたら、ここの敷地を持っている一族は何で財を成したんだろう?
鉱山でもあるのか、別荘開発で儲けたのか、それともどっか目につかないところに工場でもあるのか。
畜産業とかもありかもだけど、それで儲けられるとは思えない。
まあ、昔は小作農を使って地主が儲けていて、土地があるから戦後の食糧難の時代には食料を売って小金持ちになり、あとはいい感じに成長する産業の見極めに成功して良い事業に投資して大金持ちになるってケースもありかも?
そう言うタイプの資産家だったら東京に住む方が良さそうな気もするけど。
「お待ちしていました」
入り口で出迎えたのは、執事っぽい男性だった。
それともこれって家令って言うのかな?
先日読んだラノベによると執事がするのは日常的な家事や料理、掃除、家族や従業員のスケジュールの管理って話らしいので、ある意味プライベート範囲での秘書に近い印象を受けた。
そう考えると来客対応もしている彼は家令っぽい?
とは言え。
若奥様が突撃してきて駅まで迎えにきた大槻家に比べると、こっちは大分と冷めてるねぇ。
落書きして祟られた子供以外には特に被害が出てないって事で、家の人間は関与しない気なのかも。
祟られた悪霊や悪戯書きした慰霊碑についてのバックグラウンドを教えてもらいたいから、出来れば依頼主には会いたいんだけど。
男性に案内された先は、執務室っぽい本棚に囲まれて大きな机が窓の前にある部屋だった。
考えてみたら、いつか本が電子書籍に取って代わられたらこう言う本棚に囲まれた部屋って無くなるのかなぁ?
電子書籍の方が検索とかしやすくて便利かもだけど、やっぱ手にとって読める方が落ち着くから、こう言う部屋は無くならないで欲しいけどな。
「退魔協会の方々がいらっしゃいました」
家令(多分)が執務机に座ったまま待っていた男性に声を掛ける。
見れば分かる気もするけどね。
「ようこそ。
杉原清史と言う。
今日は遠くまでわざわざきてくれて、ありがとう」
立ち上がって部屋の右奥の方にあるソファの方へ我々を誘導しながら男性が言った。
これが当主なんだろうね。
60歳ちょっとぐらいの、微妙にリタイアしたのかしてないのか不明な年齢に見える。
この年齢だと『子供』って孫なのかな?
流石に60代の子が未成年って事はないよね??
まあ、50代に30歳年下の若妻を娶って妊娠させるのに成功したなら小学生高学年とか中学生ぐらいの子供がいる可能性もゼロではないが。
・・・そうなると後妻っぽいから、前妻との子がいたら相続問題で揉めそう。
なんかこう、つい色々と下世話な好奇心が疼く。