悪霊が苦手なら退魔師は厳しいよね
「で?
怜子さんの修行とか、兄貴との将来とか、どんな感じなの?」
家に姿を現した兄貴に尋ねる。
怜子さんも明日に顔を出すらしいから、どうやら二人の仲はまだ破綻していないっぽい。
と言うか、兄貴も明後日に高木家へ行くらしいし、意外と関係は良好そうだ。
結婚すると言っていたカップルに対して『意外と』良好って言うのは語弊があるかもだけど。
「ん〜、修行に関しては忙しそうだけど、まあボチボチって感じっぽい?
結婚は忙しそうだからちょっと待とうかって話しているんだけど、子供を持つなら一人前の退魔師になって働き始める前って言うのもありかもって2人で悩んでいるとこだな」
バケツに窓掃除用のモップもどきを突っ込み、軽く棒を動かして絞ったのを窓に当てながら兄貴が答える。
以前は全然年末の大掃除の手伝いなんてしなかった癖に、結婚を考える様になって少しは成長したのかな?
もしくは下宿先の聖子さんに家事を手伝う様に叩き込まれたのか。
「ちなみに退魔師の聖子さんと、弟子入りしている怜子さんと同居していて厨二病が疼いたり、満たされない厨二病の魂が嫉妬に悶えたりはしないの?」
冗談っぽく尋ねるが、一応隠密型クルミをそっと腰の後ろにつけて感情を確認している。
離婚騒動なんて本人と子供が一番大変だろうけど、その他の家族だって無関係とは言えないからねぇ。
揉める原因かもしれない魔力に関して口を出したからには、問題がありそうなら先に知っておきたい。
「いやまあ、今でも羨ましいとは思うけど・・・結局、現実の社会で魔術が使えたってそれで無双なんて出来ないし、実際に使うのは悪霊退治だけだろ?
イマイチ俺が想像してやりたいと思っていた事とは違うから、それ程妬ましくは感じないかな?
俺も魔力があったら良いのにとは感じる時はあるけど」
兄貴が軽く頬を掻きながら言った。
あ〜。
そうか、厨二病的な魔術師だったら正義の味方的に戦う敵もいなくちゃダメなのか。
現実的に言っても、別に風を動かせたところでお金にはならないしね。
ルーレットやパチンコが好きなら微細なコントロールが出来る様になったら大儲け出来る可能性もゼロではないかもだけど。
「一応呪詛返しの依頼もあるよ?
最近は呪詛返しの転嫁が増えたから、風系の術師じゃ駄目なケースも増えてるみたいだけど」
と言うか、ネットで知らぬうちに呪詛返しの転嫁先になる事へ合意させるような詐欺もどきな手法が増えているなら、それを見つけ出すネット側の規制当局とか調査機関で兄貴が働くのもありかもね。
ネットやITに詳しくて退魔協会の存在を知っている技術者ってそこまで多くなさそうだし。
「呪いも悪霊も、あんまり趣味じゃないなぁ。
俺的にはドラゴンまではいかなくてもグリフォンとか、狼系の魔物とかいった動物の亜種っぽい魔物をビシバシ倒すのをしたかったんだよ。
じゃなきゃせめて悪の魔術師とか。
退魔師が実在しても魔物が居ないんじゃあイマイチ修行にも身が入らなかったと思うから、ある意味才能がなくて良かったかもと実は思っているんだ」
兄がモップで窓を拭き終わり、モップの反対側の水切りで窓の水を落としながら説明した。
「あ〜。
それなりにお金と時間をかけて退魔師になる価値があるか、悩まなくて済むのが良かったってこと?」
重度な厨二病を患っていた兄貴だったら、才能があった場合に魔力を封じる選択肢は選びたくないだろうけど・・・そこまでやる価値あるかね?と自問しまくる羽目になったかもね。
「ちなみに怜子さんは退魔師の修行を始めて後悔してないの?」
未だにそれなりに厨二病患者な兄貴と付き合い続けていくなら、魔力を封じるなんて言う選択肢は微妙に無い様に感じた可能性が高かっただろうからね。
「怜子は俺ほど悪霊が苦手じゃないみたいだから、フリーランスでIT関連の仕事をするよりは依頼主にごねられ難い仕事に就けると思って頑張っているみたいだぜ?」
モップもどきを再びバケツに戻してモップを濯ぐために何度か上下に動かしながら兄貴が言った。
そっか。
「兄貴って悪霊が苦手なんだ・・・!」
クルミ経由でも特に後悔とか妬みの念を感じられないな〜と思っていたが、兄貴って悪霊が苦手なんだ?!
子供の時はそんな様子を見せてなかったのに。
まあ、妹に弱みなんて見せないかな。
「いやまあ、元々は信じてなかったんだけど、あの慰霊碑騒動以来、やっぱいるし危険なんだと思うとねぇ・・・。
その点怜子の方は過ぎ去ったことは過去のことって割り切れてるみたいだな」
兄貴が言った。
一般的に男性と比べると女性の方が思い切りが悪くて過去の事を引き摺りやすいって聞いた気がしたけど、兄貴たちは反対なんだ?
ちょっと意外。




