万能薬
「こんにちは〜。
和紙を買いに来ました〜」
碧が声をかけながら和紙製造工房へ入っていく。
昨日は一日掛けて前回刈った聖域の雑草を箱詰めしてバンに載せ、新しい雑草も刈って乾かす為に洞窟に広げた。
まあ、刈るのは魔力を再度渡した使い魔達だったけど。
やっぱそのまま放置だと魔素の濃厚な聖域でも数日で熊手とかは動かせなくなるらしく、久しぶりに遊べると喜ばれた。
遊ぶ為の使い魔契約じゃあ無いんだけどねぇ。
まあ、霊達は遊んで楽しみ、私らは腰を痛くする事なく雑草をゲットできるんだから、ウィンウィンな関係だと言えよう。
で、今日は尾山工房へ和紙を買いに来た。
ついでに絵梨花さんがいたらどんな感じかも聞きたい。
そんな事を考えながら工房に入ったら、絵梨花さんが丁度販売コーナーに出てきたところだった。
「あ、絵梨花さん!
こっちでの修行生活はどう?」
碧が尋ねる。
「まだまだ下っ端で雑用をしながら何をどうしてどうやってってところから色々と教わっているの。
目が回りそうな程忙しいけど、楽しいわよ!」
絵梨花さんが碧に各種和紙の料金が書いてある注文書とタブレットを渡しながら言った。
「あ、オーダーはその紙に書くんじゃ無くって、こっちのタブレットに直接入力してくれる?
領収書と注文の写しはメールで送るかプリントアウトするけど、どっちが良い?」
おや。
早速効率化したのかな?
以前は紙に書いてカーボンコピーをこっちに渡してくれて、流石由緒ある工房ってやり方も古い!と密かに思ったのを覚えている。
「おお〜、一気にDX化したんだねぇ。
PDFか何かなら、メールでよろしく」
碧がタブレットを受け取ってタップしながら応じる。
「了解〜」
「じゃあ、これでお願い。
・・・ところで、私生活の方はどうか聞いても良い?」
碧がタブレットを返しながらそっと尋ねた。
「う〜ん、取り敢えずは新しい職場で学ぶことが多過ぎて、私生活はちょっと後回しって感じかな?
暇だと脩の事を恨んだり、恨むのは不公平だと思ったり、不公平だって言っても赤の他人を気付かないなんてどうかしていると思ったりって感じでグダグダとしょうもない事を考えちゃうから、今は仕事に集中して辛かった記憶が過去のものとして割り切れるのを待っているの」
絵梨花さんが小さく苦笑しながら答えた。
あ〜。
まあ、辛かった記憶って論理で割り切れる話じゃ無いよねぇ。
と言うか、私だったら自分が苦しんでいる間に恋人が赤の他人を自分だと思ってキスとかそれ以上をしていたんだと思うだけでも吐き気がするぐらい嫌だと思う。
黒魔術師だったら自分の記憶だって消すのは可能だから、もしも私がそう言う割り切れない状況に陥ったらさっさと嫌な記憶は消す可能性が高いと思うが。
まあ実際にそんな事態が起きたら、消す事自体が負けたみたいで嫌だと思うかもだけどね。
「・・・こう、辛かった記憶を消すとか、軽くするとかを催眠術とか精神科医の治療でやれるって言われたら、やりたいですか?」
ここでイエスと言われても本人に説明せずに記憶を消すのは不味いからどこまで説明するかは悩ましいところだが、取り敢えず記憶を消せるものなら消しちゃいたいと思っているのかをまず聞きたい。
「記憶を消すのってあの女が脩の認識を捻じ曲げて自分を私だと思わせたのと同じように、認識を歪める事じゃない?
そんな手法に自分を委ねるのは絶対に嫌よ。
元々催眠術でトラウマを克服しましょうって言うような治療法は怪しいと思っていたけど、今となっては詐欺じゃない手法もあるのかもと思う反面、『人の心に外部から影響を与えるなんて何様だと思っているのよ!』ってところね。
まあ、本当にトラウマに苦しんでいる人に頼まれて治療としてやるならアリかもだけど、私は必要ないわ。
脩も根気よく待ってくれるって言っているから、暫くは時間という万能薬の効果を試すつもり」
絵梨花さんが首を横に振りながら言った。
被害者側だったせいか、精神に外から干渉される事に関してかなり強い忌避感を覚えるみたいだね。
いや、誰でも外部から精神を干渉されるのは嫌か。
助けになるなんて考えるのも傲慢で上から目線な余計なお世話ってやつか。
うん。
手出しは不要そうだ。
脩さんも絵梨花さんも、時間(と新しい仕事の忙しさ)が万能薬だと思って暫く待てるだけの精神的余裕があるなら、いつかは元通りに近い状態まで戻れそう。
頑張ってね〜。




