取捨選択
「そう言えばさ、以前あの霊泉を使わせて貰いに行った時にちょっとヤバい爺さんが刀を振り回して襲撃に来たじゃん?
ああ言うボケておかしくなっちゃった様な知り合いって親しかったらこっそり治療してあげてるの?」
諏訪に向かう日程が確定して、何を持って行くかや何をするかを話し合っている時にふと前回の騒動を思い出して碧に尋ねた。
私が絵梨花さんと脩さんの拗れた関係に対して微妙な心境になるとしたら、碧なんてもっと辛い思いをする羽目になる事が多いんじゃ無いかな?
意思誘導的な精神に働きかけて問題を解決する手法って言うのは、解決される本人にしても自分の精神を弄られる事に抵抗を感じるから、頼めば何とかなると知っていてもそう簡単に頼まない事が多いだろう。
現実的な話として、頼めば助けられるという情報すら与えてないし。
碧の治癒能力もどの程度の範囲まで周囲に知られているかは不明だが、痛みを緩和出来るとか、命を助けられると分かっていたらやらないのは頼まれないにしても辛いだろうし、頼まれたりしたら泥沼だ。
助けたら次に助けを求める人間を断るのが難しくなり、無闇矢鱈と助けていたらキリがない。しかも国や退魔協会にバレれば違法行為だと罰せられる。
それでも手を出さないと死ぬとなると、中々厳しい選択だろう。
「それに関してはねぇ。
医師になった叔父から、医者ですら病院に来て正式に治療依頼の手続きをした相手にしか治療しないんだから、通常の場合だと霊力を使った治療は法律で禁じられているんだし、直接の家族以外には絶対に癒しを施すなって口を酸っぱくして言われてるから、やってない。
やり始めたら泥沼に嵌って最終的には人間関係が崩壊するだろうって言うのは私にも想像できるもん。
まあ、それに老人なんかだとそう簡単には治せないしね」
碧が肩を竦めながら応じた。
「え?
でも以前あの毒を盛られた爺さんは解毒だけでなく初期の認知症も治してなかった?」
だから『出来るけどやらない』なんだと思っていた。
いや、考えてみたら彼は毒を盛られて倒れた枕元で、息子達が金目当てに会社をどう売るかを言い争っていたから生霊の言動がアレだっただけで、認知症じゃあ無かったっけ?
しかし、碧が『簡単には治せない』って言うのはちょっと意外。
千聖ちゃんもあっさり治してたし。
「一部分がちょっと壊れているだけだけどデリケートな機能だから全体に支障が生じてるって言う問題なら簡単に治せるし、怪我は比較的楽なんだけど、老化って言うのはねぇ。
病気じゃないから。
骨粗鬆症で骨が折れたら、つなぐのは出来てもスカスカな骨はそのままだからすぐ折れるし、骨の密度を高めようと思ったらカルシウムとかを体のどこかから集める必要があるでしょ?
骨を丈夫にした代わりに全身の筋肉や血液からカルシウムが無くなったらもっと危険な状態になりかねないよ」
碧が高齢者治療の問題点を指摘した。
なるほど。
若い人間の場合なら、臓器の一つに問題があるだけなら他の筋肉とかから必要な養分を抜き取って治療に使っても一時的に体力や筋力が落ちても比較的すぐに復活できるだろうが、あちこちがボロボロになってきている高齢者だとどこもかしこもスカスカになりつつあるからうっかり現在問題がない部位から養分を抜き取ったら別の問題が生じかねないか。
そう考えると、あの爺さんは毒を盛られただけだし昏倒してからの時間も短かったから、修復範囲が限られていて治癒を施しても特に他の部位に悪影響は無かったんだろうね。
「脳腫瘍ならまだしも、認知症はねぇ。
縮んじゃった脳と死んじゃった神経を復活させるのに、うっかり体を殺さない様に治そうとチビチビ他の部位から素材を集めてやろうと思ったら最低限な治療ですら私でも一週間とかは余裕で掛かる。
そんでもって無理やり直した脳の修復素材にした体の他の部分を補う為に無理やり食べさせて、強引に消化機能を活性化して体に栄養素を取り込ませてって、順番にやっていくにしてもかなり身体に無理を強いる事になるからねぇ。
下手をすると数ヶ月とか半年とか掛けてやっとボロボロだった体を60代ぐらいの状態に戻して、『さあ終わり』って私が手を引いた瞬間に体のシステムがシャットダウンして死んじゃう可能性もあると思う。
高齢者の生活指導をしながら消化機能をちょっと良くして、脳神経もちょっと補完してって感じで地域の医者としてやっていくなら不可能じゃあないけど・・・ある意味、能力と時間の効率的な使い方を考えるなら高齢者よりも若い病人や怪我人を救う方が社会への貢献度は高いでしょ?
医者になる事を選ばなかった時点で、誰の命を救うかを選ぶのはやらない事にしたの」
碧が言った。
あ〜。
なまじ、集中して取り掛かれば誰だって救えるから、救いきれない程多い患者を取捨選択する羽目になりたく無くて碧は医者にならなかったのかも。
大手医療機関で働かなきゃ色々面倒っていうのもあるだろうけど、白龍さまの天罰デフェンスがある碧だったらどうとでもなるんだから、ちょっと不思議だとは思っていたんだよね。
もっと世界中に白魔術師が沢山いればよかったのにね。




