状況確認
「あら。ちょっと色々と大変みたいね。
あっちに連れて行くから飼い主さんを宜しく」
碧がそう告げて、浅い段ボール箱を載せた台車に犬を入れるように飼い主さんへ指示し、あっという間に姿を消してしまった。
普段の台座っぽい場所も使わずに直接台車で連れ去るなんて、それだけヤバいのかな?
まあ、犬もそこそこ大きくってギリギリ飼い主さんが抱き抱えて車から降ろせる程度だったから、台車を使わずに中まで連れて行くのが難しいと思っただけなのかもだけど。
「え〜と、お名前は刈谷さんで良いですね?
紹介元の江藤さんとはどう言う関係で知り合われたのか、教えて頂けますか?」
諸々の記録用情報を聞き取りしておく必要があるので、名前だけでなく住所や連絡先、ペットの詳細も確認する必要がある。
ただ単に前もって予約を入れるならまだしも、非常時の緊急祈祷は全く伝手のない赤の他人からの依頼だったら碧は受けていない。
ネットで受け付けているせいか、カリスマ祈祷師なんて嫌がらせをしても良い詐欺師だと思ったらしき連中から変な悪戯とかも時折入るので、何度かすっぽかされた後にそう決めたのだ。
善意で紹介してもされた方がとんでもない人な可能性もあるから、一応紹介元との関係を聞いておき、めっちゃヤバい人だったら『あなたの紹介した人って実はこんな人だったけど、ご存知でした?』って紹介元がまた碧のところに来たらさらっと聞く事にしてある。
あんまり無闇矢鱈と変な人に碧の事は話して貰っても困るからねぇ。
紹介する相手は選ぼうねって言うのを遠回りに伝える訳だ。
ちなみに、碧へ嫌がらせをした連中に白龍さまが天罰を下したかどうかは知らないが・・・聞いても『やっていない』とは言わないので多分それなりに因果応報な目には遭っていると思われる。
「近所に住んでいるあそこの猫ちゃんは時折脱走癖があって。
ウチのハンターがそう言う時に探すのに協力するんです」
刈谷さんが言った。
「・・・犬に追われたら猫ちゃんが逃げません?」
リードで抑えていても犬が近づきたいっぽい感じに歩み寄ってきたら猫だったら逃げない?
「いえ、あそこのツツジちゃんはウチのハンターと仲良しなんで。
脱走しても2回に1回はウチの庭に来てハンターと遊んでいるぐらいなんですよ」
刈谷さんが言った。
近所の犬のところに遊びに行く猫っていうのも珍しいね。
と言うか、最近は犬とかも室内飼いが多いみたいだが、庭にいるって事はハンター君は外飼いなのかな?
それとも昼だけ庭で遊ばせているのか。
なんか庭で遊んでいた犬を家の中に入れたら色々と虫も一緒に入ってきそうだが・・・まあ、それは毎日散歩に連れて行っていたらどうせ起きる事故か。
うん。
そう考えると、やっぱ犬より猫の方が家族に迎えるのには良いよね。
犬だったら猫と違って毎回丸洗いするのを拒否しないかもだけど、毎日洗うのは皮膚の脂分とかが無くなっちゃって不健康そうだ。
それはさておき。
「ちなみに今回は何が起きたんですか?」
変な物を食べたのか、交通事故とかか。
ちょっとした事故程度だったら近所の獣医に行きそうだが。
「車でドライブに行って里山っぽいところを散歩していたら、景色に気を取られている間に道の端が崩れて崖っぽくなっていたところを踏み外したのか自分で突っ込んで行ったのか、落ちそうになっちゃって。
距離が短かったらそのまま落ちさせちゃって助け出せばよかったんですが、それなりに距離があるように見えたので慌ててリードをひっぱったらそれが足に絡んで骨が折れちゃったみたいで。
しかも首も締まってしまったのか引きずりあげたらぐったりしていて。
一応呼吸はしているのですが・・・」
あれ?
猫の首輪はうっかりどこかに引っ掛けて首が締まらないように、ある程度の力が加わったらカチャって外れるタイプが多いんだけど・・・考えてみたら、元気一杯にリードを引っ張ることが多い犬相手にそう言う首輪はダメか。
散歩に行く時だけだったら飼い主が常に一緒にいるんだから首が絞まって窒息する危険はないだろうし。
まあ、今回みたいに落ちそうになったのを引き摺り上げるなんて無茶をした場合はガッツリ首が絞まるんだろうけど。
崖から落ちるよりは短時間でも首が絞まる方がマシと思ったのか、慌てていてちゃんと考える時間が無かったのか知らないが、リードで引き摺り上げるなんて・・・下手にがっと体重が掛かってたら首の骨が折れない??
人間と違って犬の体重だったら窒息する前に引き上げられれば大丈夫なのかね?
まあ、完全に大丈夫じゃあ無いから碧のところに駆け込む羽目になったんだろうけど。
今回も気管とか骨が傷付いているかも?
足の骨折程度でぐったりするかどうか分からないから、マジで頸椎とかが損傷した可能性もあるのかな?
どの位力が掛かったのか知らないが。
とは言え碧のところに生きて辿り着けたんだから、もう安心だろう。
しっかし。
4本足の動物でも崖っぽい場所から落ちそうになるなんて間抜けな事をやるんだね。
ちょっと意外。
うっかり転ぶとか落ちるのは二足歩行な上に背筋を伸ばしていてバランスの悪い人間だけかと思ってた。




