選ぶ権利
「退魔師になる為にかかる大体の費用とか弟子入りの内容や期間、将来的な収入予測とかキャリアプランを母と一緒に遠藤さんから聞いて、色々と考えてきたんです。
結論として・・・こう言っちゃあ失礼かも知れませんが、あまり大っぴらに学校の友達に言えない職業に就く為にお金と時間を掛けるのは嫌だなと思いました」
沖田氏の説得じみた助言に折れる事なく、織絵ちゃんが自分の判断を説明した。
なるほど。
退魔師の家系だったら一族とか他の旧家の人間とかとの付き合いが人間関係のメインになるのだろう。
なので退魔師になる事は全然変じゃ無いし、その人間関係の中では退魔関連の話題を公言出来るし、退魔師としての苦労や達成感も周囲の人間と共有出来る。
だが、ほぼ退魔師と縁がない環境で育った人間にとっては弟子入りして鍛錬に励む間も『何で一緒に遊びに行けないの?』と友人に言われたら適当な嘘をつく必要があるし、大学卒業時もフロント会社への就職っぽい何かを退魔協会なり師匠経由なりで手配する事になる可能性が高い。
そう考えると、将来収入が良くても面倒臭さの方が大きいかもね。
現に、私だって大学の友人には色々と誤魔化さなきゃって頭を悩ましているところなのだから。
私はお金を払って弟子入りする必要が無かったし、碧に会って色々と便宜を図って貰えている。
碧は・・・ある意味日本でも有数の退魔師の名家(主流からは外れてるけど)だし白龍さまの愛し子だから、退魔師にならないと言う選択肢はない。
なので私ら二人はそれ程悩まずに退魔師の道を歩いているが、織絵ちゃんにとっては退魔師になるメリットデメリットを考えるとマイナス面の方が大きいのか。
「だが、折角の才能を封じてしまうなんて勿体無いぞ。
将来、気が変わった時に後悔しない様、鍛錬だけしておけばどうかね?
別に退魔師として働かねばならない訳ではないんだよ?」
沖田氏が上から目線に言い聞かせようとする。
そうは言っても退魔師として働くつもりがないのにウン十万から100万超えの金を掛けるなんて、無駄すぎるでしょうに。
金持ちすぎて価値観がおかしいのか、将来的には織絵ちゃんが気を変えて退魔師として働くと思っているのか。
それに、中学・高校時代の友人との付き合いを犠牲にして鍛錬なんぞしていたら将来的な交友関係にも差し支える。
学生時代って言うのは二度と戻ってこない時間なんだよ?
退魔師の才能が封印したら二度と取り戻せないのと同じで、学生時代だって無駄に過ごしてもやり直しは出来ないのだ。
アホじゃね、こいつ?
バン!!
いつまでもグダグダと説得を続けようとする沖田氏に、とうとう谷敷ママが痺れを切らして机の上に手のひらを叩きつけ、話をぶった切った。
「娘は退魔師になるつもりはありませんし、迂闊に能力を残しておいてそれを利用したいと思う父親に付き纏わられるつもりも無いと言っているんです。
さっさとこの場で封印したいのですが、そのための書類か何かはあるのでしょうか?」
じろりと沖田氏を睨んでから、谷敷ママが遠藤氏に尋ねた。
どうやら織絵ちゃんと父親の関係はあまり良くないみたいだね。
と言うか、過去の父親による娘や妻の扱いが信用を醸し出さないものだったんかな?
息子の交通事故の時の何かが我慢の限界だったのか、もしくはそれを梃子にして何とか離婚と娘の親権を勝ち取ったのか。
まあ、何であれ。
さっさと終わらせたいらしいね。
だったら検査の日程を父親とは別の日にしたいって主張すれば良かったのに。
それとも父親側が後から遠藤氏から織絵ちゃんの検査日を聞き出して同じ時にすると主張したのかな?
もしそうだとしたら、遠藤氏はちょっとやらかしちゃったねぇ。
せめてものお詫びに、さっさと手続きを終わらせて解放させてあげるべきじゃない?
「・・・お急ぎでしたら私が封じましょうか?」
遠藤氏が紙を取り出して織絵ちゃんと谷敷ママに渡し、二人がそれをしっかり読んで署名・
捺印してもまだ沖田氏が飽きずにグダグダ続けているので、私が声をかけた。
今回の案件の言い出しっぺと言うか発端は私だからね。
織絵ちゃんが能力は要らん!と本当に思っているなら責任を取って封じましょう。
封じる前に一応ざっと記憶を読ませて貰って、母親から変に圧力を掛けられていないかは確認するけど。
折角現代日本では自分の将来を自分で選ぶ権利が本人にあるのだ。
それを活用するのに協力したい。




