引っぺがす
「あ、ちょっともう一人相談に乗ってもらう人が居るから、そこまでタクシーで良い?
体の具合があまり良く無いらしくて、喫茶店とかに出て来て話すのは辛いらしいからその人の家にお邪魔させて貰っても良いって言ってくれたの」
3時ぐらいにオフィスから出て来た脩さんと落ち合い、軽く私の紹介をしてからタクシーを呼ぶために碧が手を上げた。
碧ってリアルラックも高いのか、タクシーに乗ろうと思う際に大抵すぐに空のタクシーが通りかかるんだよなぁ。
ちょっと不思議かつ羨ましい。
「勿論構わないよ。
京子おばさんからも、もしもの時は碧ちゃんの事を宜しくねって言われているし」
あっさり頷きながら脩さんが止まったタクシーに乗り込む。
脩さんが先に乗り込み、碧が助手席の後ろ、私は助手席に。
良い感じにバックミラーで脩さんの顔が見える。
「そう言えば、先日ウチの実家に行ったんですってね。
もうそろそろ結婚を考えているって。
絵梨花さんも楽しみにしているんでしょう?」
碧がさりげなく尋ねる。
「うん、そうだね。
エリは前から藤山さんのところの諏訪神社で神前式を挙げたいって言っていたからね」
そう答えた脩さんだが、一瞬ちょっと目の焦点が合ってない感じになった。
絵梨花さんとエリとやらを誤認するように少し意識障害が埋め込まれている感じかな?
以前から絵梨花さんのことをエリって呼んでいたのかもね。
絵梨花とエリじゃちょっと違う。
人前でエリという女性をエリカと呼んでいたらちょっと周囲の違和感が大きくなり過ぎるだろう。
そのまま神前式の話をしながらタクシーで絵梨花さんの部屋へ向かったが、明らかに脩さんは高校や大学時代に話し合っていた内容をそのまま今回の神前式にも当てはめており、マジで自分は昔から付き合っていた絵梨花さんと結婚すると思っている。
これって、短期決戦的な入れ替わりなら良いけど、長期的だったら女性側はそれなりに辛く無い?
それとも、無意識な元カノの投影ではなく、意図的な入れ替わりで術をかけてまでして騙しているから本人は全然気にならないのかな?
話を聞いていると騙されている脩さんがちょっと可哀想な気がしてきた。
周囲からしたら、精神異常でも起こしているのかって感じで下手をしたら精神病院へ押し込まれそうだし。
そんな事を考えつつ絵梨花さんの引越し先のマンションへ辿り着き、部屋の階までエレベーターであがってドアベルを鳴らす。
「はい」
サングラスを掛けた女性が扉を開き、さっさと薄暗い部屋の中に戻る。
そのまま碧が玄関を開いて中に入り、私が脩さんを軽く押して全員部屋に入って薄暗い玄関で靴を脱いでリビングの方へ向かった。
「暗くてごめんなさいね。
突然目が光に対して過敏症になっちゃって、文字が読めるぐらいな明るさでも頭がガンガン痛くなるの」
絵梨花さんが謝りながらソファに腰を下ろした。
「・・・あれ?
エリ?
・・・え??
こないだ一緒に諏訪に行ったのに・・・あれ??
絵梨花じゃないか?!」
絵梨花さんに勧められた椅子に私たちは座るが、脩さんは混乱した様に絵梨花さんを見下ろして立ち尽くしている。
「1ヶ月ちょっと前に隣の部屋のボヤが起きた後に急に変なアレルギー症状が起きたって話をしたわよね?
引越すって話をしたら後ぐらいから全然連絡が取れなくなったけど」
絵梨花さんがちょっと尖った声で脩さんに応じる。
「あれ??
引越すって話をしていたのに、結局そのままあの部屋にいる・・・よな?
何度かタクシーで帰りにマンションまで送ったし。
え・・・??」
立ち上がって混乱している様子の脩さんを椅子に押しやり、額に手を当てて意思誘導の術を探ってぐいっと引っぺがす。
呪詛と違って意思誘導の術は解除しても術者に返らないから、外したところで遠隔でバレはしない。
本人が目の前に居るのだからもう少し頑張れば自力で術を破れたかも知れないが、時間が掛かるしそれなりに混乱が残るから、さっさと術そのものを引っぺがして解除しちゃう方が話が早い。
エリとやらが直接接触したら術が解けているのはバレるだろうけど。
そいつを捕まえる時は電話かチャットでどっかに呼び出してその場で確保しないとだね。
すとんと力が抜けた様に椅子に座り込んだ脩さんが、頭を抱え込んだ。
「何が起きたんだ??」
「取り敢えず、まずは脩さんの携帯の電源を切ってSIMカードを外してくれる?
絵梨花さんから電話が繋がらないって話だから、なんか変なアプリかウィルスを仕込まれている危険性もあると思うの」
碧が口を挟む。
携帯って下手をするとリモートで電源を入れられるらしいからこういう時って携帯の電池を外すと更に確実なんだろうけど、最近の携帯って電池を外せないのが多いからねぇ。
取り敢えず、この部屋のWi-Fiはオフにしてあるから、後は電源を切って画面を上にしてローテーブルの上にでも出しておけば大丈夫だと期待しておこう。




