良い人
「まずは脩さんの確保かな?」
碧が呟く。
「いや、先に絵梨花さんに電話したら?
スッピンで家で寝込んでいるところに、具合が悪くなってから姿を見せなくなった彼氏が姿を表したらドアを開けない可能性があるよ。
と言うか、家族から脩さんが別の女と結婚するの?!って連絡を受けていたら絶許状態だろうし」
幾ら呪詛で体調が最低でも、捨てられた女の怒りは強いでしょう。
まあ、強いから家の中に招いてぶん殴るかもだけど、単に玄関で殴って扉をしめて鍵をかける可能性も高い。
「だね。
具合が悪い上にスッピン状態じゃあ私たちとだって顔を合わせたくないだろうし」
碧が頷く。
と言う事で、電話。
絵梨花さんとやらの携帯番号を持っているって事は、本当にそれなりに付き合いがあって仲が良かったんだね。
「あ、絵梨花さん?
私は知らなかったんだけど、なんか大変だったらしいね」
「・・・酷いよねぇ。
でも、もしかしたら変な集団に嵌められた結果な可能性もあるんだ。
絵梨花さんの体調不良も呪詛かもって思うんで、今日の午後か夜にでもちょっと会えないかな?」
「・・・下手したら、最初のボヤも呪詛をかけてきた連中かも知れないし、脩さんが変な行動しているのもそいつらが関係しているかも?」
「・・・まだ確認は取れてないけど、どう考えても脩さんらしくない行動でしょ?
だけど呪詛返しはやったら相手にバレちゃうから、まずは脩さんを確保して絵梨花さんのところに連れて行って何が起きているか確認して、呪詛だったらちょっかいかけて来た連中をしっかり確保出来るよう手配してから返したいんだけど、良いかな?」
スピーカーにしていないので碧側の方の声しか聞こえないが、どうやら少なくとも相手は聞く耳は持っているらしい。
声も最初は殆ど漏れ聞こえないぐらいのボソボソさったのが、最後の方ではそれなりに聞こえてくるぐらいはっきり大きくなってきた。
それでも怒りで怒鳴り散らす元気は無いみたいだったけど。
「うん、じゃあ今日の午後から夜の間に連れて行けないか、これから脩さんに接触してみるね。
時間が確定したらまた連絡するから」
そう言って、碧が通話を切った。
「じゃあ、次は脩さんとやらに電話?」
「うんにゃ。
携帯に電話して呼び出そうと思っていたんだけど、絵梨花さんが何度電話しても繋がらないって話なんで、下手したら何か携帯に細工されているかも。
だから職場に行って直接受付から呼び出して貰うわ」
碧が言った。
おやま。
電話が繋がらないって・・・携帯会社にまで何か伝手があるなんて事になったらちょっとマジでヤバ過ぎない??
それとも何か違法アプリを仕込めば特定の番号から掛かった電話をブロック出来るのかな?
・・・と言うか、エリとやらがこっそり脩さんの携帯を弄って番号をブロックしたらそれで掛からなくなるんじゃ無い?
ブロックされた番号って『ブロックされてます』と教えてくれる訳じゃあないって聞いた気がするし。
だが、メッセージアプリはブロックした相手にメッセージを送ろうとしたらどう言う感じになるんだろ?電話が繋がらなかったらそっちでも連絡してそうだけど。
なんか既読スルーっぽく表示されるウィルスでも作って感染させたんかね?
基本的に携帯はちゃんとロックを掛けて他人が弄れないようにしておけってテレビとかの防犯特集とかでよく言っているけど、あれって携帯を使っているところを後ろから覗き込んでいたら大体指の動きが分かるからなぁ。
すり替わりの初期段階ぐらいだったら絵梨花さんに電話をしようとしていてもおかしくないんだが。
どの位のタイミングで仕掛けられたのか、マジで知りたいところだね。
◆◆◆◆
「すいません、上原脩の従姉妹の藤山碧と申しますが、上原を呼び出して頂くことは可能ですか?」
そこそこ大きそうなオフィスビルに入り、人がいる受付をやっと見つけ出した碧がにっこりと笑い掛けながら受付のお姉さんに頼んだ。
最近のオフィスビルってどこもゲート式になっててカードを翳さなきゃ入れないんだけど、1階に入って辿り着いたゲートの所に人が居なかったので、人がいる受付を探すのにウロウロと歩き回る羽目になった。
なんだって態々2階に受付を設置するの??
1階で良いじゃん!!
面倒な。
取り敢えず、受付嬢がごねた時にそっと意思誘導する為に私は碧のそばに待機していたが、あっさり受付嬢は内線でどこかに連絡してくれた。
考えてみたら、こう言う受付って女性が多いよなぁ。
何で男にやらせないんだろ?
男の方が喧嘩腰になりやすいとかってあるんかね?
女だって十分攻撃的な人は多いが、女性の方が猫被りが上手いからかな。
なんかここにも男尊女卑な考え方が潜んでいそうでちょっと不快だ。
それはさておき。
暫く待ったら、エレベーターの方からスーツを着た若い男が現れた。
「碧ちゃん?!
どうしたんだい、急に?」
ちょっと距離があるのでしっかりとは確認出来なかったが、少なくとも呪詛は掛かってない。
認識異常を起こすような術が掛かっているかどうかはしっかり相手に触れて調べないと分からないな。
「あ、脩さん。
近くに来たからついでに声を掛けさせて貰ったんだけど、少し相談したいことがあるの。・・・ちょっと込み入っていて時間が掛かりそうだから、良かったら今日の午後か夕方に時間を貰えないかしら?」
碧がちょっと弱々しく笑いかけて尋ねる。
演技派だね〜。
「そうなのかい?
碧ちゃんがそんな困った顔をするなんて・・・。
う〜ん、今日の仕事を急いで終わらせて、2時の会議にさえ出席すれば上がれる筈だけど、それで間に合う?」
脩さんが心配そうに碧の顔を覗き込みながら尋ねた。
「うん、それで何とかなると思う。
ちょっと人に知られたくない問題も関わっているんで、私の相談に乗るって言うのも取り敢えずは家族や職場の人に言わないでくれる?」
碧がこくんと頷きながら頼み込んだ。
「勿論だよ。
でも、碧ちゃんのご両親だったら絶対どんな問題でも碧ちゃんの味方をしてくれると思うから、相談には乗るけどそれを忘れないでね?」
脩さんが心配そうに応じる。
あら、良い人じゃん。
確かにこれが高校時代からの彼女を突然捨てて別の女とすぐさま結婚に走るとは考えにくいね。




