タイミングが重要
『絵梨花ちゃんだけどねぇ、なんでも1ヶ月前ぐらいに住んでたマンションの隣室でボヤが起きたらしくて。
彼女の部屋自体にはそれほど影響は無かったらしいんだけど、火事の煙か消火に使われて絵梨花ちゃんの部屋にもばら撒かれた水か何かに問題があったのか、極度の光過敏症になっちゃって文字を読む程度の明るさでも眩し過ぎて頭が痛く様になっちゃったらしいの。
何とか家族に手伝って貰って引越したらしいんだけど、症状が殆ど改善しないから今は休職して医者に通いながら家に籠っているんですって』
碧ママにそれとなく脩さんの元カノの現状を確認してもらったら、何やら引き篭もり状態に追い込まれているらしかった。
「呪詛かな?
ボヤの煙か消火用水が原因だって思ったせいでお祓いや退魔協会への依頼を考えてないみたいだね」
碧が言った。
「下手したら、その絵梨花さんが住んでいた部屋に新しい彼女のエリとやらが住んでたり。
かなり情け容赦なく色々お金を掛けてるねぇ。
火事が起きてすり替えが実行されたタイミングがあの一般人向けの符が売り出された時期に近い気がするんだけど、もしかして白龍さまの境界門って世界でも有数の聖域なの?」
碧ママの親戚が聖域へのアクセス権を手にできるか微妙な気がするが、黒魔術師なら多少の意思誘導を含めた説得は得意なのかも。
とは言え。
素人相手ならまだしも、ちゃんと訓練した魔術師(退魔師)相手に意思誘導をするのはそれこそ酔っ払っている時でも狙わないと難しいと思うが。
つうか、碧ママと会ったら本性がバレない?
お金に対する執着が分かるって話だったけど、人物鑑定っぽい事も出来るって言ってなかったっけ?
どんな感じにそのスキルが機能するのか知らないから、偽物が脩さんの彼女のすり替えをしているのが分かるかどうかは不明だが。
碧ママの甥が自分ところの神社で神前式をするとなったら確実に碧ママと握手する羽目になると思うんだが・・・前回行った時は脩さんだけだったんかね?
それとも愚痴を言っていたけど結婚予定の2人が碧ママ本人にはまだ会っていないのか。
「う〜ん、どうなんですかね、白龍さま?」
碧が宙に向かって尋ねた。
『まあ、儂の出入りは他の氏神連中と比べても多かったと思うし、ここ15年ぐらいはこちらの世界にほぼ常駐していたから魔素の濃度はかなり高い方じゃろうな』
白龍さまが現れて言った。
そう言えば、前の観察対象だった『面白い奴が生まれやすい血筋』はうっかり他で遊んでいる間に気付いたら死に絶えてたから、藤山家はかなりこまめにチェックしているって言ってたよね。
悠久の時を生きる幻獣とか神族は時間感覚がかなり大雑把だから、数十年から百年以上留守にしている氏神もいるだろう。
そう考えると、そう言う連中の聖域内の魔素はかなり薄くなっている可能性が高いのかも?
まあ、境界門が残っていればそこそこな魔素が漂っているだろうが、龍サイズの存在が通り抜ける際に持ち込まれる魔素の量はただ存在するだけの境界門と比べ物にならないぐらい多そうだ。
「・・・げ。
じゃあ、もしかしてウチの聖域目当てで脩さんにハニトラもどきを仕掛けられたの??
でも、退魔師一族にそんな無茶な事やって、上手くいくと思うのかな?」
碧が首を傾げた。
「入れ替わった直後はまだしも、暫くやっていて殆ど不自然さを感じないぐらいになっていたら親族で集まる際に人前で意思誘導を使う必要はないだろうから、バレないと思ったんじゃない?
碧のママと会って握手したら本性がバレる可能性は高いだろうけど、京子さんの特技って親族内でもはっきりとは知られてないよね?」
能力を使っていなければ現世には黒魔術師の適性持ちだとバレる様な魔道具もないんだし、結婚しちゃえば本性が何であれ正真正銘の親族なんだし、何とかなっちゃいそうな気もする。
本性がバレてたら聖域へのアクセスは拒否されるだろうから、意味は無いっちゃあ無いけど。
「うわっちゃぁ〜。
取り敢えず、絵梨花さんのとこに行って容態を確認しようか」
碧が携帯を手に取りながら言った。
「ついでに脩さんをこっそり捕まえて連れて行けないかな?
絵梨花さんを見れば術が解ける可能性が高いから、エリとやらを確保するのに協力してもらってから絵梨花さんの呪詛返しをしないと、逃げられるかも?」
意思誘導は切れても本人がそこに居るんじゃなければバレない筈だが、呪詛返しは確実に分かる。
人の入れ替えなんぞが出来るヤバい人材は、機会がある時にさっさと確保して退魔協会で能力を封じてもらわないと、逃げられたら危険過ぎるだろう。
「確かに!
絵梨花さんがどの位苦しんでいるかにもよるけど、仕掛けて来た連中をなんとか出来るだけ多く捕まえないとだね」
碧が頷いた。
さて。
脩さんを会社からでも連れ出せるかな?
今日もデートの約束があるとかだったらタイミングがちょっと厳しいかもだけど。




