意思誘導より課金アイテム
一般人向け符の騒動が収まり、のんびりと大学の授業を受けつつお守りを作って売ったり、比較的普通な悪霊祓いの依頼を受けているうちに大分と涼しくなってきた。
もっとも、一般人向け符に関しては『終わった』と言うよりも、退魔協会や警察なんかにとっては問題と脅威は始まったばかりでこれから対応策を講じていかなきゃならないんだろうけど、私ら個人としては出来ることなんて無いからねぇ。
それこそ、爆弾や危険な化学兵器が世の中に存在し、ネットで銃を作る情報が垂れ流されていても一般人がそれに関して何か出来る訳じゃあないのと同じで、退魔師だろうと個人で符の悪用を防ぐのは無理だ。
まあ、Wikipediaなんかは世の中のネットに信頼できない情報が大量に出回るのを憂いた人が、仲間と一緒に善意の人が共同で作る参加型百科事典をネットに無料で公開しようとして始めたらしいから、ある程度の技能とやる気があれば一般人でも世の中の問題に対応するための一石を投じる事が出来るんだろうけど。
私はねぇ。
符の悪用をなんとか出来るような技能も世界を良くしたい様な理念も無いから、無理。
それはさておき。
今日の分の不眠用のお守りを作り終えてのんびりと道具を片付けていたら、ソファに寝転がってタブレットでネット小説を読んでいた碧がふと顔を上げてこちらを向いた。
「そう言えばさ、ネットのラノベであるような婚約破棄とか乙女ゲーム転生に出てくるような魅了の術って黒魔術師の意思誘導とかで出来るの?
だとしたら、歴史に出てくるような傾国の美女って黒魔術の適性持ちだったのかな?」
碧も私も『小説を書こう』と『ヨムカク』のサイトにある無料小説をよく読んでいるのだが、どうやら今日は『書こう』の方を読んでいたらしい。
どっちにもアップされている小説は多いんだけど、『書こう』のランキングってタイパ重視な短い乙女ゲーム系ざまあ小説が多いのに対し、『ヨムカク』はハーレム系の長いめな小説が多いんだよね。
ちょっと不思議。
何がランキング上位の来るかのアルゴリズムは違うとかでそうなるのかね?
それともタイパ重視な短い乙女ゲーム系ざまあは『ヨムカク』だとリワードが少ないとか?
気分転換に短い乙女ゲーム系ざまあを読むのも好きだけど、私としてはもっとガッツリ読める長いファンタジー系小説が好き。
ただ、ハーレムものは読んでてうんざりするんで、ランキングにも除外ワード機能があってハーレム系を除外したランキングを作れれば良いのにと最近は思っている。
何だって世の中の男はそんなにハーレムに憧れてるんかね??
基本的に人格・能力的に女性が惹かれるような素晴らしい男だったら二股三股なんてやらないだろうし、金があるとか見た目が良いから女が寄ってくるって結局は下心満載な寄生目当てでしょ?
そんなのに集られる主人公が哀れな気がするんだが。
そう言う小説を何故皆書きたがり、読みたがるのか理解を超える。
日本の経済が微妙で一流大学に入ろうと将来の展望もはっきりしない世の中で、既婚率が下がっているって聞くからねぇ。
自分の理想とする女性と付き合えなくて、せめて空想の中で自分の分身である主人公がチヤホヤされて欲しいとでも思うんかね?
まあ、露骨にご都合主義なハーレム物を楽しむのは厨二病満開な中高生が多いんだろうけど。
ランキングがハーレム物で汚染されていて、マジでうざい。
まあ、それはさておき。
乙女ゲームの魅了ねぇ。
「思考誘導って本人の意思に反しているとかなり魔力を必要とするし、訓練を受けた魔力持ち相手だと継続的に術をかけ続けていないとすぐに切れちゃうから、良家の子息達相手に意思誘導で複数の対象を人が変わったかのようにメロメロにさせるのは無理かなぁ。
下町の幼馴染が庭師になってひっそり見守っているって言うレベルならまだしも、貴族や豪商の息子が意思誘導対策の思考エクセサイズの訓練をしないで育つって事はまずないから、そう言うのを学んでもやらないアホはまだしも、それなりに腹黒だったり真面目なタイプが意思誘導系の魅了に長期的に掛かりっぱなしって言うのは無いね。
それよりは気持ちの良くなる麻薬を差し入れにでも仕込んで、本人が気付かないうちに麻薬中毒にして気持ちの良さを依存させる方が現実的かな」
相談なり、雑談なりで話す際に食べさせるクッキーに軽い麻薬を入れておいて、自分と相談すると気分が軽くなるって思わせると意外と簡単に人間の好意って芽生えるらしいからね。
意思誘導の術で意思を捻じ曲げるより、ずっと現実的だしやる側の負担が少ない。
「うげ。
麻薬〜?!
夢が無い!!!」
碧が嘆いた。
「いや。意思誘導で惚れたと誤認させるのだって夢はないでしょうに」
と言うか、乙女ゲーム系の婚約者がいるのに浮気して婚約破棄をしてざまぁされる話は勧善懲悪的でスッキリするかもだけど、元より夢はないでしょ。
「ある意味、好感度アップな課金アイテムが麻薬入りクッキーかい。
まあ、確かに考えてみたら現実的かもねぇ」
碧が溜め息を吐きながらタブレットを置いた。
「なに、誰かが浮気したりされたりしてるの?」
碧に彼氏がいるとは聞いていないから、本人の問題ではなく、相談されてる程度だろうけど。




