乙女ゲー世界に転生して30年、公爵令嬢の一人娘ができました。
思えば、姉の持っていた乙女ゲームというものに手を出したのが、俺の運の尽きだったのだろう。
まぁ、今となってはこの世界に来れて本当に良かったと思っている。
今日は俺と妻のアイリスとの間に出来た娘と、初めて会える日なのだから──
※
「ここは……?」
俺が目覚めたのは、馬小屋の中と思われるかぐわしい香りのする場所だった。
隣には、俺よりも少しだけ背の高い男が眠っている。
「お、おい!目を覚ましてくれ!」
「……んぁ……?」
「ここはどこなんだ!と言うか俺は一体……?」
「……もっかい寝ろよ。お前は今おかしくなっている」
半分しか開いていない目で、俺の頭がおかしいと言った男は俺の兄だ。──兄?あぁ、そうだ俺の名前はイリア。イリア・バンク・ティリアスだった。
俺は、確か姉貴の持っていた乙女ゲームを必死こいてクリアしたはずだ。
野郎を攻略するのは本当に不愉快だったが、シナリオが良く、あと俺の好きな声優が出ていて地味にハマってしまったのだ。
さて、問題なのはクリアした直後の記憶の続きが今だという事だ。
しかも、体がやけに短い……
これ、6歳くらいじゃないのか?
見覚えのある景色……
ゲームで散々使い回しされた背景の続きがこの世界じゃないのか!?
「兄貴、起きてくれ。俺は凄い事に気付いた」
「あ、兄貴?お前、兄さんって……」
「あーいいから聞いてくれ、俺は──」
「……?」
少し溜めを作り、高らかに宣言する。
「──俺はこの世界の主人公と結婚するぞ!!」
「頼むから兄ちゃんの頭がおかしくなる発言をしないでくれ……」
これはきっと必死であの乙女ゲーをクリアした男子に贈られるご褒美なのだ!!
前の世界に未練も無いし、やってやる……乙女ゲー世界で攻略対象の野郎共からヒロインを奪ってやる……ククク!!
「兄貴、まずは冒険者にならなくちゃならない。修行だぁ!!!」
「え、お前本気か!?」
「本気だよ!そうだ、あのゲームのシナリオとかイベントをメモっとかなきゃな……!!」
──そして、それから30年。
この世界にあのゲームの主人公は居なかった。
さらには攻略対象の野郎共さえ居なかった。
この世界はあの乙女ゲー世界から数えて30年も前の世界だったのだ。
この30年の間に俺は冒険者として成功し、公爵令嬢のアイリスを妻に貰い、20歳の頃には一人娘のアリシアが産まれた。
今俺は36歳。
公爵令嬢の娘を持つ、父親になっていた。
そして、アリシアがあの乙女ゲー世界のメイン舞台となる学園に入学する日となった。
※
「アリシア、準備は済んだか?忘れ物はないか?」
「お父さん……もう私16歳なんだよ?子供扱いしないで!」
「フッ、俺からすればまだまだ子供だよ」
「……嫌い」
「なっ!?」
俺の心にクリティカルダメージ!!
この30年で暴れまわった俺は、今更他人にどう思われようが気にしない。
でもな、娘にだけは嫌われたくないんだ俺は……
「ほら、お母さんに挨拶して早く行こ?」
「……あぁ」
妻アイリスは、アリシアを産んですぐに息を引き取った。
俺はアイリスが残してくれた宝物をこれまで大事に育てて来たんだ。
っと、しんみりしてる場合じゃなかったな。
俺とアリシアはアイリスの遺影の前で手を合わせる。
「お母さん。今日からお母さんと同じ公爵令嬢としてデビューするよ。婚約中の殿下と会うのも久しぶりで楽しみなんだ~」
そう、アリシアは公爵令嬢だ。
同い年で産まれたこの国の王子と婚約している。
ここで問題となるのがこの王子……何とあの乙女ゲーの攻略対象にそっくりなのだ。
つまりだ。
今日は学園での入学イベント、王子と主人公との出会いがあるのだ。
アリシアはこの王子と婚約してるんだぞ?
これってあのゲームで言うと悪役令嬢のポジションじゃないのか……!?
あの乙女ゲーでの悪役令嬢は、婚約を破棄され、主人公や攻略対象が振りかざす正義の元、一家丸ごと断罪されていた。
──やらせるかよ。
幸いにも入学式は親子同伴だ。
公爵家当主である俺は、入学式でのスピーチも任されている。
いざとなれば2人が出会いそうなタイミングでフラグを折ってやる……!!
「アイリス、アリシアは必ず俺が守るからな」
「もうっ、お父さん恥ずかしいから止めてよ!」
「こらっお父様だぞ?公爵令嬢足るもの礼儀を持て」
「都合のいい時ばっかりそーゆー事言うんだから……」
当たり前だ!
普段はお父さん所かパパって呼んで欲しいんだぞ!!
「さぁ行こうかアリシア」
「……はーい。お父様……」
俺達は家を使用人達に任せ、あの乙女ゲー世界の舞台となる学園へと向かった。
※
俺達は馬車に乗り、無事に学園へと到着した。
アリシアと共に校門へと歩いていると、他の大勢の同級生達を見てアリシアは大変興奮していた。
「うひゃーお父さん凄いねー!」
「アリシアさん?公爵令嬢がする言葉遣いじゃないんですけど……?」
「しょうがないじゃんお父さんの娘なんだから」
「お、お前なぁ……」
可愛い事言われたらもう何も言えん……
「ひひ、ちょろっ」
「え、今何て言った?」
「なーんにも!ほら、お父さん挨拶あるんでしょ?さっさとお偉いさん方の所に行って来なよ!」
「しかしなぁお前一人で大丈夫か……?」
お転婆に見えて、アリシアは箱入り娘だ。
一人で行動させるのは中々に心配なのだ……
俺のそんな心境を察したのか頬を膨らませて「バカにしないでよね!」と俺の脇腹をコツいてきた。
「ほーら、お父さんのカッコいい所見せてよね!」
「……分かったよ。本当に気を付けろよ?何かあったらすぐに俺の所に来るんだぞ?」
「はいはい、大丈夫だって」
「ったく……」
俺はアリシアと一旦別れ、学園長やその他の貴族方に挨拶を済ませていた。
それらが全て終わり、空き時間が出来たのでアリシアの様子を見に行こうとした時、俺は気付いた。
──そろそろこの世界の主人公と王子が出会う頃じゃないか!?
俺は急いで王子がふらっと散歩をしているという、奇跡的タイミングで主人公と出会う池の前までやって来た。
すると、話し声が聞こえたので茂みに身を隠す。
「君は──」
「え?」
「いや、俺の婚約者と違っておしとやかな令嬢だと思ってね」
(遅かったかーーーー!!!)
てかあいつ今何て言った!?
俺の婚約者と違っておしとやかだと!?
おいおい、父親の前でいい度胸だな……!!
いやまぁ姿は隠してるんだが。
「しかし、社交界でも見たことが無いな。この学園にいる貴族は粗方知っているのだが……名前を聞いても?」
「……レーアです。あ、あの……私なんかが殿下とお話する訳には……」
「……平民か、しかし気に入った。出会った事が無いタイプだ。何にも染まっていない、原石の様な女だ」
まずいな……
順調に出会いのイベントがこなされていってる……
アリシアを悪役令嬢にしない為だ。
ゲームのイベントをぶち壊すしかない……!
俺は茂みから出て2人の間に入った。
「おや、殿下、こんな所で何を?」
「! いやなに、これからようやく自由に過ごせる学園を散歩していただけだ」
「それはそれは……ですがそろそろ式が始まります、お戻りを」
「……あぁ分かっている」
王子様は主人公レーアをじっと見つめた後、「後で楽しみにしていてくれ」と言い去って行った。
「……やれやれ、フラグは立ったままっぽいな……」
俺がため息をついていると、レーアが俺に話し掛けてきた。
「あ、あの……ありがとうございます……」
「あぁいや。……君は──」
──本当にあのゲームの主人公なんだな。
そう言いかけた所でぐっと飲み込んだ。
30年間、お目にかかれなかった主人公との対面だ、妙な感慨深さもある。
しかし、彼女から見ればただの変なおっさんだ。
俺は慌てて誤魔化した。
「き、君は殿下とのお話を邪魔をされて迷惑じゃなかったかい?」
「いえ……どちらかと言えば助かりました。少し怖くて……」
「そうかい?まぁそうだね、あまり殿下とは近付かない方がいい。婚約者もいるから」
「や、やっぱりそうですよねすみません……」
主人公ってこんな気弱だっけなぁ……
あーそう言えば最初はこんなんで、段々と成長していくんだったかな……
それにしても、正直あの王子にアリシアはやりたくねーな。
どうにかならないかしら……
「まぁこれからの学園生活楽しみなよ。君には多くのイケメン達が待ってるからさ」
「え?ど、どういう事でしょうか、ふふふっ」
ようやく笑顔を見せたレーアは、俺の顔を見て頭を下げた後、すたすたと去って行った。
「さて、俺もお仕事しますか……」
乙女ゲー世界に来て、ゲーム知識を生かして冒険者として大成した後、公爵家の当主となった俺がやっているのは結局労働だった……
※
「──以上で、ご挨拶の代わりとさせて頂きます」
新入生全員が集まる室内ホールで挨拶を終え、拍手と共に貴賓席へ戻ると司会のマイクの音が響いた。
「続きまして、新入生代表、ギルバート・センク・アシュフォード殿下。ご挨拶をお願い致します」
ギルバート、これが王子様の名前だ。
さてさて、一体どんな挨拶するのやら──
「皆の者、良く聞いてくれ。俺はこの学園に来て本当に良かった。運命の出会いを果たしたからだ!」
ほうほう、アリシアの事をそんな風に皆に紹介するとは、少しはやるじゃないか。
「その相手とは──」
貴賓席から見えるアリシアの顔がほんのり赤らんでいる。
そんなアリシアも可わ──
「──レーア!!!俺はお前に惚れた!!妻になれ!!」
は?こいつは何を言ってるんだ……?
惚れた?妻になれ……?
「お前程純粋な目をした女に出会うのは初めてだ!一目惚れした、そこに居るんだろうここまで上がって来い!!」
ギルバートが指差した所に、確かにレーアは居た。
そして、ここまでギルバートが喋った所で、貴族が集まる席に座っていたアリシアが立ち上がった。
「お……お待ち下さい殿下!わ、私と婚約しているではありませんか……!」
「……じゃじゃ馬も極まれりと言った所か……こんな大勢の前で俺に恥をかかせるな!」
「そ、そんな……!私は殿下に相応しい女になる為多くの時間費やしてきたのに!」
これは本当の事だ。
アリシアは普段だらしないが、ギルバートの為に勉強、芸事、さらにはギルバートの趣味嗜好の調査など、あのアホ王子の為にたくさん努力してきた。
「お前のように騒がしい女など要らん!どうせ政略結婚だろうが。お前の父は成り上がり者だからな……これで王家とのつながりは磐石といった所か?」
「そんな……私は殿下を本当に愛して……」
「嘘を付くな!何度顔を合わせてもお前は俺の話を聞いたことなどないだろうが!」
「そ、それは殿下が何もお話して下さらないから……私が楽しませてあげればと……うぅっ……」
我慢の限界だった。
俺を成り上がり者だと貶すのは構わない。
本当の事だからな。
だけどな。
俺の──俺とアイリスの大事な娘を泣かせた事だけは許せない……!!
俺は拡声魔法を使い、会場全体に声を響かせた。
『おいぃ!!このアホ王子がぁ!!アリシアを泣かせやがって……テメェ覚悟は出来てるんだろうなぁ!?』
俺が立ち上がり叫んだ事で、貴賓席に集まった貴族や王族達が騒然とする。
「なっ……!?」
「お、おい誰か奴を止めろ!」
「無理だ……!今のはイリア公爵だろう!奴の冒険者時代のランクを知らないのか!?」
「分かってはいるが全員で抑えれば……!」
「出来るものか……!奴は元Sランク……この国の英雄とまで呼ばれた男だぞ!?」
俺はギルバートがいる壇上へと駆け、王子の胸ぐらを掴んだ。
「いい度胸してやがるな……お前には少しお灸を据えてやる……!」
「こ、この俺にこんな事をしてタダで済むと思うなよ……!?」
「関係ねぇよ、アリシアを泣かせ罪は重いぞ!!」
「くっ……!」
アリシア、お前の晴れ舞台を台無しにしてしまってすまない。
でもな、もうこのアホ王子にお前はやらん。
お前の悔しさ、怒り……全部俺が引き受けてやる。
「おいアホ王子──俺と決闘しやがれ」
お読み下さりありがとうございます!
あらすじにも書きました通り応援頂ければ幸いでございますm(_ _)m




