第5話 魔法剣士ナッシュ 後編
「...ナッシュが女性?」
「ええ」
ラクトは激しい衝撃を受けた。
心を読まずとも、その表情で充分に分かった。
「そんな...リリ、今までそんな事」
やはりそこを聞くわよね。
「お父様からの手紙で...」
そんな事書いて無かったけど、仕方ない。
「昨日の?」
「うん、私も実際に見るまで信じられなくって」
ごめんなさいラクト、そうとでも言わないと...私に備わった力は一族でも授かった人達だけの秘密だから。
「そうだよね、僕だって信じられないもん」
ラクトの言葉には私に対する不信は無い。
良心の呵責を感じてしまう...
「でも、どうしてナッシュは?」
「それは...」
どうして女であったかを隠していたか、どうやって男になったか、説明すべき点は沢山ある。
まだ全てをラクトに話す事は出来ない。
私だってナッシュの夢から断片的にしか情報が入って来ないのだ。
「し...死なないで!!」
「え?」
「今のは?」
突然ナッシュが叫んだ。
苦悶の表情、意識は未だ回復しない。
しかしナッシュの頭に過去の悪夢が甦っていた。
「...死んじゃやだ!しっか...りしてアッシュ...」
「今のって...」
ナッシュは激しく頭を振り乱す。
...こんな事って、いや出来るのだろう。
実際にナッシュはこうなったのだから。
「ラクト」
「リリ...」
呆然とするラクトに向き直る。
先ずはナッシュの秘密を説明をしなくては。
「おそらくだけど、私の推測を話して良い?」
「うん」
「ナッシュ...いいえナンシーは女性だった。
そこまでは大丈夫ね?」
「ナンシーって、リリのお父さんからの手紙で?」
ラクトはしっかりと頷き私を見た。
違うとは当然言えない。
「ナンシーは冒険者だった。
そして、何らかの事情で酷い怪我を負った」
「酷い怪我?」
「ええ、全身を欠損する大怪我。
性別が分からなくなる位、でも彼女は助かった」
「...まさか」
どうやらラクトも理解したか。
「...復元魔法」
「そうよ、ナンシーは復元魔法で助かったの」
「おかしいよ!復元魔法は性別まで変えられない!!」
「確かにね」
その通りだ。復元出来るのはあくまで元の状態。
どれだけ上手くやっても性別は変える事は出来ない。
しかし、ナンシーの身体に男性の身体が混ざってしまったらどうだろうか?
ナンシーの悪夢から一つの答えを導き出す。
「ナンシーは魔獣に食べられてしまった。
男性と一緒に...原型を留めないくらい」
「それって...」
「おそらくは」
ナンシーが見た悪夢。
それは冒険者として魔獣退治に失敗した記憶だった。
もう少しで倒せる所だった。
しかし彼女は最後にヘマをしたのだ。
瀕死の魔獣は突然息を吹き返し、ナンシーと恋人だった男性、アッシュに襲い掛かった。
アッシュは魔獣に頭を食い千切られ一瞬で死んだ。
ナンシーはそれを魔獣に咥えられながら見てしまった。
その後、ナンシーの身体は魔獣の口内で咀嚼された...アッシュの身体と共に。
「どうやって助かったの?」
「それは分からない。
ただ記録を調べたら分かると思う。
おそらく魔獣退治にどこかの国が関与していた筈よ、だから二人だけで戦ったって事は絶対に無いわ」
魔獣を倒すとなれば国がなんらかの関与をする。
それほどまでに魔獣とは危険な存在なのだ。
「それでナッシュは男性に...」
「ええ、かなり腕の良いヒーラーだったみたい。
でもナンシーが女性だと分からなかった、それ位身体が損傷していたのね」
「...おかしい」
ラクトがポツリと呟いた。その疑問は私も分かる。
「だって国の依頼でしょ?
ヒーラーにナッシュ達の情報が上がって無いって事絶対に変だ。
ましてや、この復元魔法は間違いなく一流じゃないか」
「嵌められた可能性があるわね」
「嵌められた?」
「ええ」
そこまでの情報はナンシーからまだ得られ無かった。
ただ、状況から察するにヒーラーは何も知らなかったのは間違いない。
ただ、治す様に命じられたのだろう。
性別が分からなくなった人間、事態は一刻を争う。
残された身体の一部からナンシーを男性と判断してしまったのか。
「その辺りは国に帰ってから調べましょう。
それより今はナンシーの身体をどうにかしないと」
「どうにかって?」
ラクトは混乱から冷静な判断が出来て無い。
しかし私がどうにか出来る物じゃない。
「おそらくだけど、ナッシュとして復元した身体が崩壊し始めている、このままじゃ」
「...復元した身体が元に」
「ええ、今は女性の身体になっているけど、これ以上進んだら不味い。
損傷した時にまで戻ってしまうでしょうね、そうなったら」
「...死ぬ?」
「間違いなく」
重苦しい空気。
復元された身体を再び治す事自体ならラクトだったら充分出来る。
しかし、これは普通の状態では無い。
ナンシーはナッシュとして男性の身体を復元されていたのだ。
それも長い間、おそらく身体に染み付いた状態は男性としての物が混じってしまっている。
それに精神もだ。
おそらくナンシーは男性の身体になった時に激しく混乱した筈だ。
どうやって克服したかは分からない。
だが、また女性に戻ってしまったら再度の違和感に苦しむ事になるだろう。
死を選ぶ程に...
「分かった」
ラクトはしっかり私を見た。
「大丈夫、絶対に助ける。
これが僕に出来るみんなへの恩返しなんだから」
「そうね、もちろん協力するわよ」
かなり困難な治療になる。
未知の領域、過去に治療した事があったかもしれないが、少なくとも成功したという記録は無い。
「ありがとうリリ、僕は本当に君と出会えて良かった」
「...ラクト」
真っ直ぐな瞳に息が詰まる。
だってラクトったら私に愛を心で叫んでるんだもの。
「始めましょ」
「はい」
こうしてナンシーの治療が始まった。
復元は予想通り困難を極めた。
本当はナッシュに戻したかったが、それは不可能だった。
何度やっても復元されるのは女性の身体、それも不完全な状態で直ぐに身体から取れてしまう。
「大丈夫?」
「もちろん」
全身に汗を一杯掻いたラクト。
体力が心配だ。
「...ふう」
ようやく右足の復元が終わった。
ベッドの脇には数本の不完全な足が並んでいる。
これだけで普段の倍以上時間が掛かってしまった。
「段々コツが掴めて来たよ」
「良かった」
左足の治療を終えラクトが微笑む。
本当に彼は凄い、私では絶対に無理だ。
その後、両腕、胸と治療が続いた。
「...問題はこれか」
ラクトが唸る。
それは性器の復元。
胸は大体の想像でどうにかなったが(少し大きい気がした)
性器に関しては想像という訳には行かない。
「とりあえず切り取るわね」
萎れていた性器を切り離す。
こんな事はヒーラーならお手の物、しかしラクトは目を背けた。
「どうかな?」
「駄目、こんな女性居ないわ。それに機能も不完全ね」
「そっか」
人体の復元なら性器でも大丈夫なラクトだが、まったくの一からでは勝手が違うのだろう。
かなりの苦戦だ。
「少し休んだら」
「....大丈夫」
意識が朦朧としてるじゃない、代わりにやってあげたいが、私自身ナンシーの身体を切り離す事を繰り返したので、魔力が限界に近づいていた。
「落ち着いて、大切な人なんでしょ」
「...大切な人...大切な人」
ラクトが静かに手を翳す。
「ラクト貴方!?」
なんて事をするの?
頭で私の愛を叫ぶのは良いけど、それは駄目だ!
「止めなさい!!」
「...大切な人の...」
「こら、止めて!!!」
ラクトの腕を掴むが止まらない。
「ああ!」
「...出来た」
そう呟きラクトは倒れた。
敢えて誰を想像したかは考えないでおこう。
衛兵を呼び、ラクトを運び出して貰う。
ナンシーもだ。
結局ラクトは翌朝まで目覚めなかった。
最後の事は全く覚えて無かった。
『上手く出来たかな?』
『知らない!』
絶対に答えてやるもんか。
ナンシーの意識は薬で眠らせたままランドルフ王国に運ぶ事にした。
ゆっくりと治療に専念して貰わないと。
知りたい事も沢山ある[龍の集い]の真実を。
新たな決意を秘め、私とラクトは帰国の途に着いた。