第5話 魔法剣士ナッシュ 前編
4日前に領主の屋敷でアリエスと使用人達を救出した。
全員の治療を済ませた僕はまたしても倒れてしまい、起きた時は既にアリエスを乗せた馬車はランドルフ王国に帰った後で、今回も仲間との再会は果たせなかった。
だけど悔いは無い。
そうなる事は覚悟の上だった。
困っている人達を助けるのがヒーラーの務め。
他になんの取り柄も無い、僕が出来るのはこれくらいなんだから。
「その後はどうですか?」
救出した使用人達を診察する。
本当なら直ぐに街を発つ予定だった。
しかし今回は前領主と息子、そして取り巻きをしていた男達を隣国の役人に引き渡す事となり、数日の足止めを余儀無くされた。
だけど焦りは無い。
治療したみんなの身体に不調が無いか診察する時間も出来たから調度良かった。
失敗は無かったと思うが、彼等が負ったのは外見の損傷だけでは無かった。
毒を使われていたのだ。
今は解毒が上手く行ったかも含めての診察だった。
「はい、まさか元に戻るなんて...」
女性が涙を流し頭を下げた。
彼女には街に恋人が居たそうだ。
使用人に雇われた彼女に奴等は激しい暴行を加えた。
乱暴だけでは飽き足らず、媚薬を無理やり飲ませ、口にするのもおぞましい行為を呼び出した恋人に見せつける事までした。
更にナイフで全身にいかがわしい言葉まで刻まれていた。
犯罪の被害にあった人の治療は王都の診察で経験はある。
こういった時に大切な事は身体のケアもだが、心のケアも絶対に忘れてはいけない。
助けた人が心の傷に自ら命を絶つなんて事があってはならないのだ。
ヒーラーにとって心の治療も大切な行為だと叩き込まれていた。
「今後の事ですが...」
「取り敢えず家に戻ります。
お金は充分に...ありがとうございました」
賠償金は領主の蓄えを被害者に分配する事で話は着いた。
不正に蓄財していたのだろう、結構な金額になったが、感謝を口にする顔に明るさは無い。
彼女は恋人に、いや街の人達にまで知られてしまっている。
家に戻ったところで元の生活には...
重苦しい空気が流れた。
その時、僕の脳裏に浮かんで来た出来事。
それはまだ僕が冒険者見習いをしていた頃の話。
ナッシュが1人の女性を連れて来た事があった。
『ラクト、すまねえが彼女に服を頼む。
俺達はまた直ぐに行かなきゃならねえんだ』
『分かりました』
ボロボロの服で顔を腫らした女性は全く生気が無かった。
アリエスとアルテナも辛そうな顔をしていた。
理由は分からないまま、僕はその女性と数日過ごした。
その人はいつも膝を抱えてうずくまっていた。
何を話掛けても反応が無い、食事も取らない。
どうしていいか当時の僕は分からなかった。
『ラクトすまねえ、大変だったろ』
数日後、ナッシュ達は戻って来た。
僕は女性の様子を伝えるとナッシュは真剣な顔で頷いた。
『後は任せな』
ナッシュはそう言うと、女性を呼び出した。
何を話したのか分からなかったが、女性はその日から生気を取り戻して行った。
『もう大丈夫だな』
『ありがとうございました』
数日後女性は出ていった。
その顔は何かに吹っ切れた様で凄く不思議だった。
『あの方は冒険者だったの』
アリエスがポツリと呟いた。
『仲間に裏切られて...男達から乱暴を...ナッシュが助けなかったら死んでたわ。
奴等には報いを受けて貰ったけど』
続けて話すアルテナの言葉に激しい衝撃を受けた。
冒険者の怖さ、命を救ったナッシュの行動。
僕の心に刻まれた。
「領主達...いや元領主か、おそらく死罪は免れないよ」
「...本当ですか?」
「うん、随分と悪事に手を染めていた様だ。
リリエッタ様がしっかり国に報告したからね、間違いないよ」
リリエッタから教えて貰った情報を伝える。
これが正解かは分からない。
しかしこれ位しか思い付かなかった。
「...ありがとうございます」
女性は静かに涙を流す。
涙の意味は分からないが、少しだけでも救いになったなら良い。
こうして診察は終わった。
「ラクトお疲れ」
「リリエッタこそ」
宿に戻るとリリエッタが僕を迎えてくれた。
今回の後始末にリリエッタは奔走して毎日忙しそうだった。
「明日此処を発つわ」
食事を待っている僕にリリエッタが言った。
やっとナッシュを迎えに行ける。
「やっとだね」
「うん、ようやくよ」
明るく笑うリリエッタ、彼女の姿を見ていたら昼間の苦しい気持ちが霧散していく。
「被害にあった使用人達で希望する人はランドルフ王国が迎える準備も出来たわ」
「本当?」
「ここに居たら苦しい記憶が消えないでしょ?
誰も知らない場所でやり直すのも大事よ」
「そうだね」
一体いつの間に?やっぱりリリは凄いや!
「そんな事ない」
リリエッタは謙遜するが、とんでもない。
なんて慈しむ心を持っているんだ。
なんて...素晴らしい...本当にリリエッタは僕の理想で...
「...リリ」
「何かしら?」
「どうして僕の頭をずっと撫でてるの?」
真っ赤な顔で僕の頭を撫でるリリエッタ。
この所、毎日僕の頭を撫でてくれる。
「...上書き」
「へ?」
上書きって何の事だろ?
「なんでもない」
リリエッタが席を立つ。
なぜか彼女はエプロンを締めていた。
「さあ召し上がれ」
「凄いや!」
沢山の料理を運んで来たリリエッタ。
貴族令嬢のリリエッタに配膳させるなんてとんでもない事だけど、私がやるって聞かないんだ。
「美味しい?」
「うん!」
二人っきりの部屋で楽しい食事、夢みたいだよ。
「次はメインディッシュだからね」
「ありがとう、リリもゆっくり食べなよ」
「盛り付けは私がしたいの」
盛り付けなんか料理人に任せたら良いのに。
「お待ちどうさま」
笑顔で運んで来たリリエッタだけど、口にソースが付いてる。
つまみ食いしたのかな?
「いけない!」
僕が言うより前に慌てて口を拭うリリエッタ。益々の親近感を覚えた。
「最後のナッシュだけど」
食事を終え、資料を広げる。
話は最後の1人、リーダーのナッシュだ。
「ナッシュは、魔法と剣術を扱う凄い戦士だったんだ」
「へえ珍しいわね」
感心した様子のリリエッタ。
二つの戦い方を同時にする人なんか滅多にいない。
しかも両方が達人の腕前。
まるで二人の人間を足したような感じだった。
「あとね、帰って来たら僕がナッシュの身体を洗ってたんだ」
「ラクトがナッシュの?」
そんな驚く事かな?
「他のメンバーは女性だったから気を使ってたんだよ。ナッシュも嬉しそうに、
『やっと帰って来れたぜ』って笑ってた」
「まさかナッシュって」
「何?」
「男の子が好きとか...」
何て事を言うんだ!
「まさか!
ナッシュには沢山のガールフレンドもいたよ、娼館には行かなかったけど...たまに宿に女の人を連れ込んで...」
生々しい記憶だ。
起こしに行ったら裸のナッシュと女性が...止めよう。
「そうね、止めましょ」
お互い真っ赤な顔でうつ向いた。
「...善き兄貴分って感じだったな」
「そっか」
「無事ならいいな」
早く会いたいよ。
「大丈夫、報告によれば王都の牢獄に囚われてるけど、訊問だけで拷問は行ってないって」
「でもアルテナとアリエスは」
酷い状態だった二人。
あそこまでとは聞いて無かった。
「あれは地方からの報告だったから、ナッシュの報告は王都から直接だから嘘は書けないわ」
「それもそうだね」
どんな状態であっても助けたい。
でも無事に越した事は無い。
僕の恩返しの旅に終わりが近づいていた。